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中小企業の事業承継問題について(5) プリント
2018/12/21 金曜日 10:27:07 JST

(第5回) 事業承継と税制

先月30日の毎日新聞は、「政府・与党は29日、個人事業主が事業承継する際の税負担を軽くする制度を新設する方針を固めた。高齢化した個人事業主の代替わりを後押しするのが狙い。(中略)2019年度の与党税制改正大綱に盛り込む。」と報じている。この新制度で、事業承継にかかわる税金の支払いを猶予することで廃業などを防ぎ、また生前贈与による早期の事業承継を促す狙いもある、とも報じている。

2019年度の税制改正と言うことは、2018年度においても中小企業の事業承継についての税負担を軽くする措置が拡充されていたので、2年続けての事業承継支援策になる。日本の中小企業支援政策が、高度成長経済期以来長年続いた各種の補助金・助成金をばら撒く事業振興策を主としていた時代から、長い間の競争に生き残った中小企業の事業存続と継続を図る政策が必要な時代に変化しているのである。

戦後の焼け野原からの復興、その後の高度成長期時代からの日本産業の基本は「スクラップアンドビルド」「リストラ」などの言葉が示すように、「使い捨て」の時代であった。中小企業政策もそうであったが、時代は変わってきた。その政策のターニングポイントになったのは、今から10年前の2008年(平成20年)に発効した事業承継と相続の関係を見直す「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」である。

相続税について、事業承継者と他の相続人との間に法律上も税制上も特別な差異はない。従って、本連載の第3回に挙げたような、相続によって事業継続ができない事例が多々ある。また、仮に遺言書で事業承継者に全財産を与えるとしても、民法の定める遺留分減殺請求権*により、事業承継者以外の相続権者にも財産分与される。遺言書を書いたとしても、自らの意向に沿った事業承継が成されたかどうかは、確かめようがい。

そこで本制度以前では、自らの意向に沿った事業承継を行おうとすれば、多額の税金が課せられる生前贈与に依らざるを得なかった。相続は世代間の財産移転であり被相続人の死亡で始まる必然の事象だが、贈与は人為的な財産移転である。社会的責任を伴う事業承継という観点からは、死んだ後の相続と生前の贈与になんら変わりはない。だが税制上は、相続と贈与は似て非なるものであるから、その課税基準が異なってくる。 

移転する財産が同じでも一般的に贈与税額は相続税額に比べて多くなる。最高税率は相続税も贈与税も55%だが、最高税率が課せられる金額は相続の場合6億円超であるのに対し、贈与の場合は4500万円超である。ちなみに4500万円の相続税率は20%である。また基礎控除額にも大きな差がある。一人年間110万円の贈与税に対し相続税は1件3000万円にプラス一人当たり600万円である

このような税法の下では、資産規模の小さい中小企業では、実質的に生前贈与による事業承継は難しかった。前回紹介した横浜市郊外のコンビニの例はその典型である。当時の税制で、生前贈与による事業承継を行ったならば、多額の贈与税を支払わねばならなかったことは既述の通りである。そのような中、わずかに小規模事業者に贈与による事業承継の道を開いたのが、2003年に制定された「相続時精算課税制度」である。

2001年に登場した小泉内閣は構造改革の一つとして、株式配当金の税率を10%に下げ株式市場への資金流入を図るなど、高齢者の保有する資産を若い世代に移転する政策を執った。その一つが本制度である。65歳(現在は60歳)以上の親からの2500万円までの贈与は、贈与税を払うか、あるいは親が死亡し相続が発生した時点で、他の相続財産と合せ相続財産として相続税を払うかの選択ができる制度である。

この法律の目的は高齢者の資産の流動化であり、事業承継を救済するものではないから、必ずしも全ての事業承継に都合がよい制度とは言えない。しかし、資産規模の小さい個人事業主にとっては、自らの意志に従った事業承継を図ることが可能となる。例えば、前回紹介したコンビニの例で、楽隠居した親が店舗などを生前贈与により、家業を引き継いだ次女名義に書き換えていれば、店舗を巡る相続争いは少なくとも起こらなかった。 

次女夫妻が家業を継いだ当時本制度は無かったが、仮にあったとして利用したならばどうなったか。本制度では贈与時の評価額が相続時にも適用される。建屋や店舗は新築であるから、その評価額は取得価額に近くなる。償却が進んだ20年後の相続ならば、その相続税評価額は当初の50%以下になるだろう。相続財産の評価額が膨らみ相続税額は多くなる。だが、逆に銀座の地価のように上昇していると、相続税額は少なくなる。

つまり、この制度は利用するタイミングが重要なのである。相続税の評価額は相続時の評価額であるが、この制度での課税評価額は、制度を利用した時点の資産の評価額となる。上記の次女夫妻が家業を継いだあと15年目くらいにこの制度を利用していたら、相続税額も大して変わらずに、相続争いも避けられたと思われる。しかし、この制度は利用されなかった。タイミングを失したか、この制度を知らなかったことが考えられる。

この制度は上限が2500万円というほかにも、受贈者が20歳以上とかいろいろな制限がある。ひとたびこの制度を利用すると、年毎の贈与税控除額(現在は110万円/年間)の範囲内での贈与を受けるように変更したいと考えてもそれはできなくなる。相続の場合は遺言書の書き換えは自由であるが、そのような自由もない。従って、事業承継者が曖昧な状況では利用すべきではない制度だと言える。

しかし、2013年の改正で相続推定人の孫もこの制度の受贈者になれることになったことにより、子どもたちには事業を承継する意志が無く、推定相続人ではない孫に事業承継するような場合、この制度は有効である。推定相続人*ではない孫への贈与は相続財産に含まれない。従って、相続人は孫への贈与について遺留分減殺請求権を行使できないので、相続税率が20%ほど割増になるだけで、孫への事業承継はスムーズに行われる。

こういう特殊な例を除き、事業承継の後押しをする税制度は、2008年の「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」まで存在しなかった。しかし、横浜のコンビニの事業承継で、「相続時精算課税制度」が利用されなかったように、このような法律や制度の存在を多くの中小企業経営者が承知し、活用しているとは思えない。

*注:遺留分減殺請求権とは、相続人の権利を守る権利。遺言などにより遺産相続額がゼロなどになっている法定相続人が、法定相続分の1/2までは遺産相続を請求できる。なお、請求しなくてもいい。

*注:推定相続人とは、被相続人の死亡に伴い法定相続人になることが確かである者を指す。親より子が先に死亡した場合、この子の孫は推定相続人になるが、孫の親が存命すると相続税法上では、単なる第三者である。

文責:廣瀬 薫(ファイナンシャル・プランナー)

 

 
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