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中小企業の事業承継問題について(4) プリント
2018/11/22 木曜日 13:06:12 JST

第4回) 事業承継と生前贈与

都心の関内からみなとみらい地区・横浜駅にかけて高層ビルが林立し、新横浜、鶴見、東戸塚などの副都心が整備され、市内には幾つかの大型ショッピングセンターがあり幹線道路が整備され、横浜は大都市ならではの様相を見せている。そんな横浜市の郊外にポツンと、昔からの横浜人ならその名を聞けば誰もが知る高島町や平沼橋のように名を残す大地主の一族が営む雑貨屋(今はコンビニ)があった。

相模原台地の尾根に店舗を構える雑貨屋の昔から、顧客の多くは尾根の南斜面や台地の尾根筋に住む人々である。だから店の商圏は決して大きくはない。それでも雑貨屋を続けていたが、高齢と時代の流れに抗しきれず、1990年代終わりに先代は雑貨屋を閉じ引退した。家業を継いだのは二人姉妹の次女とその夫の元サラリーマ。代替わりを機会に、古い店舗兼家屋を建て替えて、新しく住居付帯のコンビニ店に看板替えした。

長女はサラリーマンと結婚していた。母親によると、長女は子供のころから店番を一度もしたことが無かったと言うから、家業を次女夫婦が継ぐことに反対しなかった。そして実家から徒歩数分ほどの所に新築家屋を買い与えられて住んでいた。親としては二人の姉妹間のバランスをとったのである。すべてが丸く収まり家業が無事承継されたと誰もが考え、親は楽隠居したのであった。

時は流れ雑貨屋がコンビニになって20年近く経った2015年9月に、ファミリーマートとサークルKサンクスとの経営統合が決まった。両者の既存店舗の見直しがあり、バス停二つほど離れた場所に店を構える統合相手の店舗との比較で、このコンビニの廃止が決まった。今はコンビニではあるが、脱サラして引き継いだ家業(=雑貨屋)である。次女夫婦は「はいそうですか」と言って店をたたむ訳にはいかなかった。

フランチャイズ制のコンビニオーナーが、第三の大手コンビニへの看板替えの話を進めたのは当然である。処が、悪いときに悪いことが重なるもので、第三の大手コンビニとの業務提携を詰め、店舗改造も完了し、第三のコンビニの看板を掲げ、新装開店する直前、店舗を含む財産を有する父親が亡くなり相続が発生した。その前後に、長女の夫が定年退職を迎えていたことが、これに重なる。

父親が店舗を次女に相続させるとの遺言書を残していれば問題はなかったのだが、それがなかった。コンビニの近くに住む長女が店舗を含めて、コンビニ経営に関与できる遺産分割を主張した。夫婦で長年苦労して来た次女はもちろん、家業承継のため脱サラした娘婿の苦渋を知る母親も猛然と反発した。だが、金銭の問題ではなく、定年退職した夫の第二の人生の問題であるから、長女は頑として譲らなかった。

当に、人生100年と言われる時代を象徴する相続争いである。相続争いは、横浜家裁での調停から審判に付された。それから東京高裁での判決が出るまでに2年以上の月日を要した。次女夫婦は新装開店前で商売がストップし、生活の糧が失われたのであるから、コンビニ再開の抗告は直ちに認められるべきだと思うのだが、事業承継に疎い裁判官はそれを退けた。

相続争いが長引き法的な後継者が決まらないと、第三のコンビニが業務提携解消に動くのは企業論理からして当然である。1年後、第三のコンビニの看板は外され、内装の棚なども撤去され、店舗は廃業の危機に瀕した。どうしてこういう事態を招いたのだろうか。その原因は、次女の夫が脱サラし家業に専念したので、誰もが家業が次女夫婦に承継されたと勘違いしていたことと、父親(被相続人)が遺言書を書かなかったことにある。 

次女夫妻が父親から家業を引き継いだ当時の税制では、新築した住居兼用の店舗を次女夫婦の名義にしたならば、多額の贈与税が発生する。仮にその資産が2000万円だとすると、贈与税率55%で954万円の贈与税が課せられる。贈与税は贈与を受けた者が支払う。30代の次女夫婦には貯えもなく、また、娘婿には贈与税を負担し脱サラしてまで家業を承継することなど考えられなかった。結局、コンビニ店舗を含む家屋は父親名義としたのであった。

本件のようなケースは決して稀ではない。今は違うが2003年の税制改革で、「相続時精算課税制度」が導入されるまでは、生前贈与によって、後顧の憂いなく事業承継を成し遂げようとすれば、このケースのように多額の贈与税を支払うことになる。相続財産から支払うことができる相続税とは異なり、贈与税は贈与を受けた者が支払う。現預金などの流動資産ではなく、家屋のような不動産贈与では贈与税を支払う原資が問題になる。                                                                                            

「相続時精算課税制度」の骨子は、2500万円までは贈与税なしで贈与でき、相続発生時点に相続財産と合算して相続税を納税するというものである。この制度を利用して、店舗(コンビニ)兼用家屋を次女夫婦の名義にしていたならば、おそらくこのケース相続係争は起こらなかった。相続一般に言えることではあるが、特に事業承継では、贈与税や相続税の支払い資金が相続争いの次に大きな問題なのである。

次回は、この「相続時精算課税制度」を含め、事業承継における贈与税や相続税について述べる予定である。

  *注:生前の財産分与はすべて贈与。相続は被相続人の死により始まる

文責:廣瀬 薫(ファイナンシャル・プランナー)
 
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