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中小企業の事業承継問題について(3) プリント

(第3回) 事業承継と相続の問題

家族経営の多い中小企業では、事業承継と相続は切っても切り離すことが出来ない関係にある。事業を承継する相続人は事業の存続を第一と考えるが、事業と関係ない相続人は自らの遺産取得分の確保を第一とする。そこに両者間に相続争いが生じる芽がある。一旦相続争いが法廷に持ち込まれると、事業承継者だからといって他の相続人より優遇されることはない。そこで、最悪の場合は廃業という事態に陥る。

前回、相続問題で江戸時代から続いた酒造りを廃業した蔵元のことを紹介したが、この蔵元での相続は事業承継を阻む典型的な例である。相続争いは、蔵元を継いだ長男と、他家に嫁いだ長女の間で起こった。このようなケースはなにも中小企業だけではなく、普通の家庭の相続でも起る。その多くは故人が正式な遺言書を残しておかないことに起因する。ではなぜ親が正式な遺言書を残さない事態が起こるのであろうか。 

第一は、身内から遺言書の準備を勧められた時、「俺に早く死ねと言うことか」とか、「そんなに俺の財産が欲しいのか」等々、親が反発するからである。一度このような言葉を親が口にすると、誰も「遺言書を書いて」とは言えなくなる。事業の存続を願う中小企業の社長は、自分の健康に自信があったとしても、事業存続の危機管理上、決してこのような言葉を口に出してはならないのだが、このようなケースは結構多いようである。

第二は、親の思い込み・勘違い・生半可な知識の類である。この蔵元のケースがそれに当たる。蔵元は代々長子相続であった。戦後、民法改正で長子相続制は廃止されたのだが、明治生まれの母親(被相続人)が昭和50年代に二人の妹に何がしかの涙金を渡し、先祖代々の全資産を相続した。これが勘違いの元。つまり、自分の長女も長男が家業を相続する際、家業の存続を考え、相続権を放棄するだろうと思い込んでいたのであった。

その思い込みには伏線があった。養子の社長の遺産相続の際、自社株式を長男が相続することに長女は異を唱えなかったことがその第一。新民法下では嫡子間の遺産相続は均等との生半可な知識があったから、母親は土地売却代金の半分を長女に渡し、姉弟に均等に財産分与したと勘違いした。これが第二の伏線である。しかも、贈与税脱税の意図は不明だが、親子間の現金授受を示す領収書のような法的証拠*を何一つ残さなかった。

母親は売却した土地代金を経営不振の家業に資金注入した。企業会計上、家業の株式会社は母親からの借入金として計上する。この状態で母親が死去し相続が発生した。この借入金は母親の遺産(=債権)となる。長男は土地代金の一部を姉が手にしたことを知っていたから「特別受益」であると主張したが、長女は母親から生前に何ら財産贈与を受けていなかったと否定したので、家裁の審判に付せられた。

相続で係争中の中小企業に銀行は新たな融資はしない。係争中の土地売却は難しいので、係争が長引くと事業の資金繰りは行き詰る。そうなると酒造米の手当てが出来ず酒造りが出来なくなる。そしてダメを押したのが、家庭裁判所とそれに続く高裁の裁定であった。母親から多額の現金が長女に渡された直接証拠がないとして、長男の主張を退けた。親子の間の現金授受に領収書などあるはずがないから、こういう結果になる。

家庭裁判所は、事業の継続を求める長男には自社株式、土地建物と酒造施設を、長女には現金と債権(会社借入金)をとの裁定を下した。会社借入金を含め長女はすべての流動資産を手にした。時を同じくして、バブル経済が破綻し土地売却がままならなかったので、資金難から酒造米の手当てができなくなった。係争で中断していた酒造りの再開は不可能となった。かくして江戸時代から続いた蔵元は廃業に追い込まれた。

日本の経済史から見れば、経済環境が激変した酒造業界で地方の一零細蔵元が、その流れに飲み込まれて廃業したに過ぎない。しかし現実は、事業承継と相続が一体化された中、事業存続には事業資金が必要だとの認識に乏しい裁判官の裁定が最大の要因であった。この事例は単に老舗企業だけでなく、中小企業主や世の親に多くの教訓を残している。自分の子供たちに限って、相続争いなどするはずが無い、などと思わないことである。

どんな企業も存在する限り、社員とその家族の生活だけでなく、顧客や仕入先を通しての社会的責任がある。事業承継とは企業経営だけでなく、社会的責任も承継することである。これに対し、相続は特定故人の資産を社会的責任なしに相続人が取得するものである。従って、事業の存続を望む中小企業の経営者なら、生前に事業の継続を第一とした相続対策を行っておく必要がある。 

次回は、15年以上も前に個人経営の雑貨屋を二人娘の次女とその娘婿に任せ、事業承継が上手くいったと勘違いしていた楽隠居が亡くなり、遺言書が無かったために相続争いが起こり、時を同じくして起きた業界再編の高波に襲われ、危うく廃業の危機に見舞われた現代社会の世相を反映した事例を紹介する。 

*注1:「特別受益」とは、被相続人が生前、特定の推定相続人に住宅建設資金や海外留学費など、他の推定相続人に比べ特別に多くの資金を渡した場合、遺産総額にこの金額を加算するもの。生前贈与の一種である。

*注2:「法的証拠」とは、領収書、金融機関の間で親から子供への送金を示す記録や帳票、郵便現金送金の控えなどになる。

税務調査では、親が大金を金融機関から引出した時期に、子供の口座に大金が振込まれていたとか、家を新築していたなら現金の贈与があったと見なすが、裁判官はそのような客観的事実を証拠としては認めない。

文責:廣瀬 薫(ファイナンシャル・プランナー)

 
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