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技術者の社会に対する責任と貢献⑪ プリント

11. ダイバーシティ(2)組織の包括性

 この冬の寒さは何十年に一回という程のものだ。使い捨て懐炉着用など色々な防寒対策をしながら日々を過ごしている。比較的温暖とされる横浜近郊でも、冬期に最低温度0℃以下の寒い日は毎年何日もあるが、それが今年の様に十日以上続くことは滅多にない。

この寒さで思い出すのは、氷雪を凌ぐため石灰石の洞窟で暮らしたネアンデルタール人のことだ。彼等は精巧な石器の製作と利用、火を使った食物の調理、獣皮を防寒服とすること等相当高度な文化を持っていた。しかし幾ら火を使い、獣皮を纏っても洞窟内の暮らしは、現代の横浜近郊の暮らしとは全くかけ離れた想像を絶する酷寒との戦いだっただろう。

彼等は進んだ社会構造を持ち、集団で狩猟を行うなど協力して生活を支え合った。言語を使っていたかどうかは不明だが、脳の大きさから見て言語使用の可能性はあったと言われる。十万年以上にわたり、地球上で共存していた現生人類(ホモ・サピエンス)が今日まで生きながらえ、ネアンデルタール人は約四万年前に絶滅した。絶滅の原因となったのは気候変動、食糧不足、或いはホモ・サピエンスとの争いなど諸説があるが真相は不明である。しかしネアンデルタール人の社会より更に「高度に協力的な社会関係」を構築できたホモ・サピエンスは、よりしたたかな環境適応能力を持ち、ネアンデルタール人絶滅以後も生き続けて今日に至ったとされている(更科功「絶滅の人類史」2018 NHK出版、Jessie Szalay, Neanderthals: Facts About Our Extinct Human Relatives, Live Science, December 20, 2017)。ネアンデルタール人は死者を埋葬し、病人を介抱し、また要介護者を介護した優しい人達だった。このことからも進んだ社会構造を持っていたことが窺われる。今回の寒さは、こうした素晴らしい今は無き近縁者に思いを馳せる機会を与えてくれた。

 

 前回は女性の社会参加に焦点を合わせ、ダイバーシティの重要性を強調した。ダイバーシティをこのホモ・サピエンスが苦労して手にした財産、「高度に協力的な社会関係」を更に活用するために注目される概念と捉えることも可能だ。

 

今回は早稲田大学で多様性マネジメントを研究する谷口真美教授の論説に準拠し、ダイバーシティの定義をより広げて「集団におけるメンバーの属性のばらつき」として考えて見よう。

「属性には性別、年齢、人種、民族といった外観から判断しやすい表層的な特性だけでなく、経歴、価値観、知識、スキル、能力など、その人をよく知ることによってわかる深層的特性も含まれる(経営戦略としてのダイバーシティ②、谷口真美、日本経済新聞2017.11.2016頁)」。深層のダイバーシティを生かすため、あえて性別などの表層は意識しない流儀がシリコンバレーのIT企業その他でとられてきた。

「技術者や管理者の採用・登用の際、表層のアイデンティティに関知せず、知識・能力に着目してきました。その結果、表層属性の偏りにつながり、世論の反発を招いたとの指摘もあります(経営戦略としてのダイバーシティ⑤、谷口真美、日本経済新聞2017.11.2329頁)」。

 

連載10で極簡単に触れたグーグルの性差別論議も、こうした深層属性(知識・能力)にのみ関心を持つ男性社員(上席技術者)の発言から始まったものと考えられる。

昨年夏に同社が公表したデータによると、同社社員の性別構成率は女性31%、男性69%だが、その内で技術系社員の性別構成率は女性20%、男性80%である。性別以外の表層属性として人種別構成率のデータもある。それによると同社では人種別構成率は白人56%、アジア系35%となっているが、その内で技術系社員の人種別構成率は白人53%、アジア系39%となっている(Ben Johnson and Jana Kasperkevic, MARKET PLACE, TECH, August 09, 2017)。このデータから同社は技術系女性の採用にそれ程積極的には見えないが、技術系のアジア系人材の採用にはとても積極的のように見受けられる。ここでのダイバーシティ活動は技術系女性の人数を兎に角増やすというような数合わせではなく、専門知識と能力に優れた人を採用することに重点をおいていることが見てとれる。

 

昨年一月、アメリカのトランプ大統領は、「イスラム圏7カ国出身者の入国を90日間停止、すべての国からの移民受け入れを120日間停止する」という大統領令に署名した。これに対して同国のグーグル、マイクロソフト、アップル等IT業界のCEO達が相次いで声明を発表し、厳しい批判を浴びせた。この大統領令によると、ビザをすでに持っている人や、合法的な滞在許可を持っている人も、入国禁止の対象に含まれる。既にアメリカの各企業で働いている技術者も、今後国外に仕事で出張することが出来なくなるので、影響は広範囲に及ぶ。グーグルを含むIT業界のCEO達は、移民の中に専門知識と能力に優れた人が多く存在し、彼等を採用できるかどうかが新しい事業の成否を左右すること、いわば死活問題であることを十分認識しているので、この大統領令に厳しい批判を浴びせたのである。

グーグルの性差別論議に話を戻すと、グーグルのCEOスンダル・ピチャイ(Sundar Pichai)等の経営者達は、社員の自由な意見表明は尊重するとしながらも、この様な文書はグーグル社の行動基準(Code of Conduct)を犯し、性の問題に関して世の中が会社に対して寄せてきた信頼を大きく損なうものだとして、この文書を公開した男性社員の言動を許さず解雇した。経営者達は、深層的特性(知識・能力)に重点を置きながらも、当然ながら表層的特性(性別)にも配慮する姿勢をとっている。男性社員は解雇を不服として法的手段に訴えることを表明した。はっきり見えてくるのは、会社経営者も男性社員もダイバーシティを守り育てていくことが社業の存亡をかけた重大事であると捉え、必死になっていることだ。ダイバーシティを経営戦略の行動基準とするのも一筋縄ではいかないことを思わせる一件であった。

これまで述べてきたことと密接に関連するのが組織の包括性inclusivityだ。ダイバーシティに充分配慮して組織(委員会、タスクチームなど)を作っても、それだけで組織が活性化されるとは言えない。以下ではケンタッキー大学学長のリオルダン教授(経営学)の論説に準拠して包括性について述べる(Christine M. Riordan, Diversity Is Useless Without Inclusivity, Harvard Business Review, June 05, 2014)。

ダイバーシティと共に組織の活性化に不可欠な概念が包括性である。包括性においてはメンバー全員が他メンバーから評価され、尊敬されているか否か、成功に対して均等な参加機会を与えられていると感じているか否かが問題とされる。性別、国籍、経歴、年齢などで組織の多くのメンバーと異なるメンバーは往々にして差別されている、孤立している(疎外されている)、等の負の感情を抱きやすい。包括性から外れたこの様な感情を持つことなく、メンバー全員が他メンバーから評価され、尊敬されていると思えている組織では、情報の共有化が進み、組織としての意思決定に自分も関わっているという自信を皆が持っている。

リオルダン教授によると、包括性を組織に根付かせるに当たって直面する障害が四つある。この四分類はリオルダンが示したものだが、本稿中の表現は忠実な和訳ではなく、筆者が受け取ったものを自分流に表現したものである。

1.各人は自分に似た人を好み、群れを作る傾向がある。組織のリーダーは生活態度、行動、習性が自分と近いと思える人を抜擢し、重要度の高い仕事を任せ、昇進させる。リーダーにとっては、これまでの延長線上の仕事はやり易い環境となるが、群れから外れた人は重要な仕事を任される機会が減り、昇進への道が狭められる。

2.一見見過ごされるような微妙な差別があり、特にマイノリティー従業員がその被害者となる。大切な会話から外される、無慈悲な処遇を受ける、上司のサポートが不足する、人間関係の質が低いなどのことが起こる。

3.疎外された被雇用者が、組織でよりまともに受け入れられることを期待して、意識的に多数派と同一化し、その行動パターンを真似するようになることがある。この様な行動は、疎外されそうになった個人が改めて多数派に受け入れられることにもつながる。しかし、これでは無視されがちな少数者ならではの貴重な意見の採用など、包括性の齎す利点を失うことになる。

4.多数派が、包括性に重きを置く経営姿勢に反発することが起こりがちである。女性の意見は受け入れられやすく、自分の意見は男性であるというだけで聞き流しにされる、といった受け取り方が頻発し、経営陣に対する不信感がはびこり士気は低下する。

上記の1.で、「各人は自分に似た人を好み、群れを作る傾向がある」と述べた。これは殆ど全ての人に共通する本能的な性質のようだ。数十人が集まるパーティでも、旧知の仲間だけで話が盛り上がって、それだけで閉会時間になってしまうことが多い。この様な時に、群れに入れず所在なくしている人に積極的に声を掛ける人がいると、それがきっかけとなってその人も加わり、別の話題の花が咲くこともしばしばだ。このように放置すると気心知れたグループがグループに属さない人を疎外したままで時が経過する。団体競技のクラブでリーダーが部員達に「好きな人とだけ付き合わず、クラブ内でその他の人とも付き合うように」と指導することがあるそうだ。ボールをパスする時、パスする相手の味方メンバーが普段余り付き合っていない人だと遠慮がでたりして、リラックスできないため悪いパスになってしまう。このように包括性を根付かせるのは、リーダーや先輩格の人の力による部分が大きい。

見てきた通り、ダイバーシティと包括性は、形式だけ整えても、期待される効果は得られない。それらの本来目的とする所をしっかり把握した上で活用したいものである。

 

冒頭でより「高度に協力的な社会関係」を作り上げたホモ・サピエンスがネアンデルタール人に比べてよりしたたかな環境適応能力を持つことに成功し、サバイバル・ゲームに勝ち残ったことを述べた。ダイバーシティと包括性の本来目的とするものは、自己が構成員である集団や組織が、言い換えれば国家、企業などの事業体、大学などの独立法人その他が、グローバル化、デジタル化等の進展によって変化しつつある世界の環境に適応し、サバイバル・ゲームに勝ち残ることである。機敏に動いて変化して行かなければその集団或いは組織は衰退、絶滅の道を辿るだろう。当時のホモ・サピエンスやネアンデルタール人は、ダイバーシティ或いは包括性の論議等はしなかったと思うが、彼等はその集団或いは組織の衰退、絶滅に対する危機意識を持って日々行動していたと考えられる。「我々の祖先、および絶滅した近縁者の叡智に倣って、我々も環境適応能力を進化させて行かなければ」、と思うことしきりである。

20182

多羅尾 良吉

 

 
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