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技術者の社会に対する責任と貢献⑨ プリント
2017/12/11 月曜日 10:23:35 JST

グローバル化の時代 (3)ではどうするか?

 

 前々回および前回のグローバル化の時代(1)、(2)を通じて電子デバイス事業で日本が韓国、台湾の後発者に敗れ去った事情を、実例として液晶ディスプレイを取り上げて述べてきた。読者の中には、どうしてこんなにあっさりと勝負がついたか納得が行かない方も居られると思うが、この逆転が起こった頃、韓国、台湾にはそれだけの実力が既に備わっていた。

 太平洋戦争における日本の敗戦後、朝鮮戦争、二二八事件等の苛酷な歴史を経て、両国は夫々資本主義経済発展の道を歩んだ。日本の高度成長期から冷戦終結、二十世紀の終わりまでに、韓国において三星電子(現在のサムスン電子)は64K DRAM事業を成功させ、世界第一位のDRAMメーカーとなっていた。また液晶ディスプレイにも研究投資を惜しまず大量生産を始めるに至った。台湾ではパソコンを中心とした電子産業が貿易黒字を稼ぐ状態に到達していた。但し台湾では、パソコン用のディスプレイを日本と韓国からの輸入に依存しているという事情があった。それ故液晶ディスプレイの国産化は緊急の課題であり、また大きなメリットが確実視されたので、各社相次いで日本からの技術導入を実行した。

 両国から日本への留学生、日本の企業で働く人も少なくなかったが、アメリカの大学、大学院への留学生、アメリカの企業への就職者も多く、その数は日本からの留学生、企業就職者の数に劣らない程だった。二十一世紀に入ると、日本を遥かに上回る数と成って現在に至っている。

慶応大学名誉教授の薬師寺泰蔵氏は、著書「テクノヘゲモニー」(中央公論社 1989年発行、50-51頁)で、高度な固有の文化を持つ民族が、誇り高い故に余り外部のものを真似することがないことに対比して次のように述べている。

「民族的に混血を繰り返している、いわば流動的状態にある民族は、そのような硬直的文化観がなく、新規なアイディアが外部にあれば貪欲にそれを摂取する傾向が高い。」

アメリカはそもそもイギリスからの移民が開拓者として定住したことに始まる歴史を持つ。先住民族の存在がある所にイギリスの移民が入り、更に追いかけてスペイン人、フランス人などが加わり、その後十九世紀から二十世紀にかけてユダヤ人、ドイツ人などが数百万人という大人数で移民してきた。アジア系でも日本、中国等の諸国から相当数の移民があった。

日本民族は、薬師寺泰蔵氏のいう「高度な固有の文化を持つ、誇り高い民族」であり、種子島に始まる鉄砲伝来の例のように個々の技術を取り入れるのは熱心であったが、その技術を基盤とする産業の発展を計画するに当たり、従来の国内の常識にとらわれず、広く世界に知恵を求めること、何よりも世界的な産業の流れを掴む努力が残念ながら不足していた。

これに反して韓国、台湾の人達は歴史的に「民族的に混血を繰り返している、いわば流動的状態にある民族」である。アメリカに移り住むことにも日本人よりも果敢であり、アメリカ等で出て来た「グローバル化、後発優位」等の考え方をより積極的に取り入れることが出来たのだと思う。

この様に見てくると、日本が今後グローバル化の潮流を見失わずに各国に伍して行くのも簡単なことではないと、暗澹たる気持ちになる。

この連載の第6回で、日本の成長軌道への復帰に「グローバルな環境で苦労を重ねてきた研究者と技術者の集団」が貢献する可能性への期待に触れた。私が想定したこのような概念上の集団構成メンバーは「グローバル化」に依って発生した多くの事象に直面せざるを得なかった人達だ。日本民族は「民族的に混血を繰り返している、いわば流動的状態にある民族」ではない。それでも国内に無かった外部のアイディアを貪欲に取り入れるアメリカ、韓国、台湾の人達を間近に見、自分たちもこの貪欲さを見習わなければ今後も負け続けると痛感したことと推察する。「グローバル化」に遅れをとった厳しい経験を通して問題の本質を心底から理解したこの人達から、これまでの日本の常識とは異なるグローバル化時代に通用する動きが出て来てくることを期待している。

1970年代半ばからのおよそ40年間で日本の電気メーカーから少なくとも1,000人超に上る国内トップクラスの技術者が韓国、中国を中心とするアジアのメーカーに流出したことがわかった。」(中韓電気、70年代から引き抜き、日本経済新聞2017.10.7, 5頁)文部科学省の科学技術・学術政策研究所が40年間にわたりアジア域内の特許データをビッグデータ化し、総ざらいした結果としてこの記事が報道された。特許の発明者として名前を連ねていない人もこの他に大勢いるであろうから、流出技術者の総数はこれをかなり上回るだろう。

日本に止まって充分活躍が期待できる人達の国外流出は深刻な現象だ。これに関してはこの連載の第8回で触れた。第8回では「グローバル化という時代の流れ」に伴う避けがたい現象として、日本の企業も必要に応じて、他国の企業から研究者や技術者を引き抜くことに積極的であるべきだとし、国益を損なう点まで話は及ばなかった。流出した技術者、研究者の内、かなりの数の人達は、若し国内の企業に転入して自分の望む仕事が続けられる機会があるなら、そちらを選んだであろう。しかし現在の日本では、企業間の人材移動に極めて消極的で、専ら新卒に重点をおいた人材採用の流儀が支配的であり、この人達は国内に自分に合った職を見つけられなかったのだろう。こうした事情から国外流出を少なくするためには、国内での人材の流動性をもっと高めることが必要である。

アメリカでは、グーグルのスンダル・ピチャイ(Sundar Pichai)、マイクロソフトのサティア・ナデラ(Satya Nadella)などインド出身で理工系の学位を持つ最高経営責任者CEOが活躍している。この二人を含めてインド人はIT業界で存在感が頗る高い。インドのモディ首相(Narendra Modi)はシリコンバレーにおけるインド系住民の聴衆(約18,000人)に対しての演説で、優秀なインド人技術者が続々と渡米している現状について「『頭脳流出』だと問題視する声があるが、私はそうは思わない。みなさんはいつか祖国の発展に貢献してくれる。そのための『頭脳貯蓄』だと考えている」と述べた(小川義也、インド人CEOが告げる未来、世界は「頭脳貯蓄」を競う、日本経済新聞、2017.5.225頁)。事実ピチャイとナデラの二人は祖国に対して、雇用創出などの面での協力を表明している。

日本の産業界には、国外流出をこれ以上増やさないために、技術者、研究者の待遇を改善することに加えて人材の流動性を高めることをも強く求めたい。その一方において、既に国外流出した技術者、研究者も大部分は遅かれ早かれ日本に帰ってくるであろう。つまりモディ首相のいう「頭脳貯蓄」の面も持っているのであり、その人達を暖かく迎え、その実力を国内の企業、NPO、或いは若い世代(後進の人達)の教育など、色々な形で生かせるようにしたいものである。

人材の流動性を高めることは技術者の国外流出への歯止めとなるだけでなく、東芝、日産自動車、神戸製鋼などで次々発生した企業不正や、電通などで起こった社員の過労死の再発を未然に防ぐことにも有効であろう。企業不正は流動性が少なくて担当者が長期間固定されている時に起こり易く、過労死は死ぬよりは遥かに増しな手段としての転職の可能性が見えない時に起こり易いからである(斉藤康弘「企業不正、人材の流動化不足に要因」、日本経済新聞、2017.11.329頁)。人材の流動性を高めることは、今後の日本再生に当たって避けて通れない、早急に着手するべき課題である。

201712

多羅尾 良吉

 

 
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