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技術者の社会に対する責任と貢献⑧ プリント

グローバル化の時代 (2)行き着くところ

 流動期から移行期まで、先発者としての強みを存分に発揮した日本の液晶事業が2000年以後の固定期に入り、次々と韓国と台湾の後発者に追い抜かれて行ったことは液晶事業に関わった人達に大きな衝撃をもたらした。このことは前回記した通りである。

 私は材料メーカーの一員として移行期の頃まで働いた後、既に1999年に定年退職していたが、国内ディスプレイメーカーの大敗北は他人事とは思えなかった。当時我々の仲間内で交わされた素朴な感想を再現すると、大よそ次のようになる(太字)。思い出せば「グローバル化という時代の流れ」に敏感であったとは到底言えず、恥ずかしい限りである。

 「労働コスト、インフラコストの低い国との競争は厳しい。それらのコストの安い海外への生産移転が出来なかった、ないしは遅れたのが敗因だ」。

 これはその通りである。

 「日本の各ディスプレイメーカーが長年に亘る努力の末確立した製造技術と設備を、完成した形で後発者が労せずして入手し、それをスタートラインとして製造、販売しているのはフェアではない」。

この感じ方の底流には、グローバル化の時代において、固定期に普通に起こる後発優位の現象に、薄々気が付いてはいるが認めたくない心情がある。

日本企業と台湾企業とは技術導入契約を結び、先発者である日本企業のコントロール下に技術移転が行われた。このコントロールが有効な間は後発優位とはならなかった。

一方において韓国企業は日本からの技術導入を行わなかった。韓国では日本の設備および材料メーカーから設備、材料を購入した時に技術情報開示を受け、日本ディスプレイメーカーからの技術導入無しで製造、販売を始めた。台湾企業も数年後には新たな技術導入を繰り返さず、設備および材料メーカーからの技術情報開示を受けて次のステップに進んだ。

この様に固定期には最早技術導入によらずとも製造設備の新設、生産拡大が行える。この行動は決して違法ではない。日本の設備および材料メーカーは移行期までは、ディスプレイメーカーと関係なく独自の販売は出来ないが、固定期になると、設備、材料は最早標準化された段階にあるので、海外にも自社の判断で販売出来る。

 「日本の液晶事業が衰退するに際して過剰になったディスプレイメーカーの技術者、あるいは日本での待遇に満足しない技術者が韓国、台湾の企業に転職し製造ノーハウを漏洩した」。

 固定期に入り、後発優位の状況になると設備、材料が後発者に入手可能になるのと同様、技術者が後発者に流れることも避けられない。これは「グローバル化という時代の流れ」に伴う現象であろう。勿論日本の技術者は、原則として在籍した企業との間に結んだ秘密保持契約に違反するようなことはしない。彼らは契約違反で以前在籍していた企業ともめごとを起こすリスクは先刻承知している。従って誰もが正当な手段で入手できる特許公報や公開された論文に基づいて、後発者に助言をしている。そもそも自分の得意な技術が最早在籍する企業で必要とされなくなった時、他国の企業でその技術が生かされるならそちらに行って続けたいと思う人が出るのは自然であり、誰もそれを止めることは出来ない。グローバル化の時代には、日本の企業も必要に応じて、他国の企業から研究者や技術者を引き抜くことに積極的であるべきだ。韓国や台湾の企業で暫く働いてから、再び日本の企業で働きたい人も出てくるだろう。これまでは海外に出た技術者が、嘗て勤務していた日本の企業に復職したい、と申し出ても相手にされないことが多かったようだ。グローバル化の時代にはお互いにメリットがあれば、再度の採用を躊躇することはない(私がサムスンに転職したわけ、日経ビジネス2012.7.926頁以下)。

 液晶事業で言えば流動期、移行期の頃、日本の関係者には最初の成功に酔って自信過剰に陥った人が多かった。それが高じて韓国、台湾、中国などの実力を過小評価していた様である。その頃の成功体験がかえって「グローバル化という時代の流れ」に気が付き、それを前提に物事を考えて行くことを妨げてしまったのだろう。

 

 シャープの鴻海(ホンハイ)精密工業(台湾)による買収は大事件であった。克明に経緯を辿ることは他に任せ、ここではこの結末も「グローバル化という時代の流れ」に対する感度の鈍さがもたらしたと指摘するに止めたい。固定期に入ると、移行期を経て製品の性能、製造プロセスは標準化されているので、後は新しい販売先と仕入れ先、新しい組織を如何に獲得し、育てて行くかの競争に成る。先発者もインフラコストの安い海外の立地を得て、この競争に臨めば勝者と成る可能性もあった。残念なことに当時シャープはこの時代の流れを見誤り、海外に立地することは行わず、日本国内に大規模な亀山第一、第二工場および堺工場を建設した。またそれまでの液晶テレビの売れ先であった国内と欧米先進国向けに販売努力を集中していたが、先進国の液晶テレビ市場は既に飽和していた。既成の先進国市場ばかり見ていた結果、早くから新興国市場を開拓していた韓国、台湾に比べて新興国への販売に遅れをとった。その結果、工場の稼働率は上がらず大量の在庫を抱え、20168月にホンハイに買収された。台湾の企業に買収されたけれども、その傘下の企業としてシャープの事業は継続され、事業の消滅を免れたことは不幸中の幸いであった。しかし、その期間に多数の従業員のリストラを余儀なくされ、不利な条件での転職を受け入れざるを得なかった人も少なくない。その他、株主、取引先などに及ぼした不利益も併せて、国益が著しく失われたと言うべきであろう。

 ホンハイの傘下に入ったシャープの今後であるが、後発優位を生かす積極経営で、既に中国(広州)、アメリカ(ウィスコンシン州)に大型投資を行い、液晶テレビ(8Kを含む)の生産に邁進することが報じられている。私は個人的な深い付き合いは無かったが、シャープの研究者の方々と、学会などでお会いして助言を頂いたこともあった。また偶々ではあるが、シャープの現役の研究者が昨年から今年にかけて発表した幾つかの論文を熟読する機会があり、シャープに脈々として引き継がれた新しいものへ挑戦する姿勢を目の当たりにし、改めて感銘を受けた。液晶技術で素晴らしい功績を残したシャープの復活と今後の活躍を期待したい。

 

2012年に日立、東芝、ソニー各社の液晶事業統合によって生まれたジャパンディスプレイ(JDI)について少し述べる。JDIは中小型液晶パネルにおいて、インセル型タッチパネルなど優れた技術を持ち、アップルのスマートフォン(i-Phone)用などに販売していた。しかし最近、i-Phoneの販売不振により受注伸び悩みがあり、工場再編、人員削減などの合理化により、20183月には1700億円の特別損失を計上する。「グローバル化という時代の流れ」の認識を持って中国など海外に製造拠点を所有し、後発国と戦える体制を取っていたと思われるが、最大の出資者である産業革新機構の意向が強く、経営者の迅速な意思決定が滞りがちで、上記の合理化が遅れたようだ。

JDIの経営苦境については、有機ELへの着手の遅れが大きな原因だとする論調が強い。有機ELディスプレイは液晶ディスプレイより画質が良く、厚さがより薄く、より省エネルギーであり、曲げることが出来るなどの長所を有する。片や液晶ディスプレイは、製造コストがより安い、製品寿命がより長いなどの点で有機ELディスプレイより勝っている。有機ELの寿命が短いことの理由には多くの要素があり得るが、一般には陰極に使われる金属が酸素や水分によって変質しやすいことが挙げられている。

 アップルはi-Phoneの不振を挽回するべく、有機ELディスプレイを搭載したi-PhoneXを完成し201711月に発売した。高級感のある画面を提供し、従来の液晶ディスプレイ画面に対して差別化を図ったものであり、値段も高めに設定している。アップルのこの動きは一年位前から話題となっていて、韓国勢、中国勢が競って有機ELディスプレイ製造工場の新設、増設を始めた。

 こうした中で液晶から有機ELへの世代交代が起こるとする見方が有力である。しかし筆者はこれには疑問を抱いている。まず、スマートフォンとテレビとでは事情が違う。2000年代初めの数年間にテレビの表示がブラウン管から液晶画面に置き換えられた理由としては、画質の差と言うよりはブラウン管テレビの寸法、重量が大きく、扱いにくかったことが挙げられる。表示画面サイズは画面対角線の長さをインチで表して表現する。画面サイズ29インチのブラウン管テレビはマンション各戸内に搬入する時、玄関ドアを外さないと入れられなかった。これが39インチとなると、クレーンで窓から搬入するしか方法が無かった。当時、一般家庭で視聴していたブラウン管テレビは凡そ16インチ程度であり、より大きい画面で広い部屋での視聴や、多人数で同時に視ることなどの潜在ニーズに応えていなかった。薄型で大画面の液晶テレビは圧倒的な支持を受け、僅か数年でブラウン管テレビに取って代わった。現在有機ELディスプレイの長所として画質の良さ、本体の薄さが主張されているが、その液晶ディスプレイとの差は極めて僅かであって、こうしたことが既に広く使われている液晶ディスプレイを置き換える理由になることはとても考えにくい。勿論富裕層や一部のマニアの購入はあるだろうが、テレビは既に耐久消費財となっており、大部分の人達は価格が安いこと、長持ちすることに重きをおくであろう。

 スマートフォンなどの中小型ディスプレイパネルでは事情は違う。これはモデルチェンジが短い周期で起こるので、数年で買い替える人がかなり多い。従って製品寿命がより短い有機ELディスプレイでも、こちらを選ぶ人は少なくないであろう。

 ジャパンディスプレイ(JDI)の今後を予測しようとする時、同社が出資しているジェイオーレッド(JOLED)の動向に関心が高まる。JOLEDはパナソニックとソニーの有機EL部門が統合した会社である。JDIは近くJOLEDを子会社化する方針である。韓国サムスン電子などは基板に有機EL素子を配置するに当たり、正孔輸送層、発光層、電子輸送層の構成材料を蒸着する方式を取っている。これに対し、JOLEDは各層を印刷方式で配置する。構成材料のロスが多い蒸着方式に比べて印刷方式はロスが少なく、製造コストは3ないし4割少ない。2019年に量産開始予定で、サムスン電子に対して後発ではあるが、互角あるいはそれ以上の戦になると期待される(有機EL 国内初の量産、日本経済新聞2017.10.41頁、JDIグループ有機ELテコに経営再建、日本経済新聞2017.10.416頁)。

 JDIは液晶ディスプレイにおいても、折り畳み(見開き)型、曲面型などを既に発表しており、中小型ディスプレイでも有機ELと対等な競争の可能性がでてきた。

ここまで述べてきたことから、私はJDIの今後について、楽観的と迄言わないが過度に悲観的ではない。

  先発者の技術を更に発展させた同社の成功を期待したい。
      
                        2017
11月   多羅尾 良吉

 

 
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