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技術者の社会に対する責任と貢献⑥ プリント
6.如何にして日本を成長軌道へ復帰させるか

  世界は、既存の秩序が崩壊する時代に突入している。時代の転換期であり、これまでのやりかたが通用しない時代である。翻って現代の日本はバブル崩壊後の「失われた二十年」にわたり経済成長が停滞し、国力の低下が続いており、一向に回復の兆しが見えない。更に2011年の東日本大震災と原発事故も加わって第二の敗戦とまで言われる事態に立ち至っている。産業界での出来事としては、2000年頃まで自動車事業と並んで、日本経済を支えてきた電子デバイス事業がそれ以後急激に力を失って行ったことが、極めて大きな痛手であった。その凋落の原因は色々あろうが、グローバル化(globalization)という時代の流れに気が付くのが遅れたことが一つの大きな要因であったことは否定できない。 何とか日本を成長軌道へ復帰させる方法が見出せないか?という問いを自分に投げかけている内に、「日本の近代、現代において、時代の転換を乗り切って新しい社会を作り出すことに成功したことが二回あった」ことに思い至った。既に多くの人が提唱していることと重複する所もあるが、自分流に述べて見ると次のようになる。 
  第一が明治維新である。戊辰戦争、西南戦争などに多大の犠牲を払ったが、日本は短期間のうちに近代化を成功させ、東洋の独立国家として繁栄する道に進んだ。
  第二が太平洋戦争の敗戦からの復興と成長である。広島、長崎の原爆投下や、ほぼ全国的な大空襲により焦土と化した日本の再生は困難を極めた。その敗戦国を再建の道へと歩ませ、高度成長時代を経てGDP世界第二位の経済大国にまで持って行った。
  この二回の国家再建を可能にしたのは実質的には誰の力だったのだろうか? 明治維新では、大久保利通、伊藤博文等の所謂明治の元勲たちの名前が普通には出てくるが、これら討幕派諸藩出身者達に加え、江戸幕府直参の武士をはじめ、幕府方の諸藩の士族の人達の功績も忘れてはならない。さらには商人など市井の人達の活躍もあった。江戸時代後期になると、幕府の学問所をはじめ諸藩の藩校、さらには私塾などでかなりの水準の学問が普及し、熱心に学んで生きて行く知恵を体得した人も少なくなかった。とりわけ色々な機会を捉えて欧米に渡り、西洋の文明に直接触れた、榎本武揚、渋沢栄一、福沢諭吉などの幕府側の人、五代友厚などの討幕派諸藩出身者、その他市井の人である浅野総一郎、安田善次郎など世界で何が起きているかを熟知し、国際感覚を備えた人達の力が大きかった。
  太平洋戦争からの復興には、海軍出身者の力が大きかったとする説がある。旧海軍は海軍兵学校、経理学校、機関学校などの教育機関を持ち、秀才を多く育てた。また、通信、航空機、船舶、兵器などの技術の蓄積は質量とも国内最高級のレベルにあった。これら旧海軍教育機関の終戦時の在校生を含め、戦死を免れた卒業生達には敗戦時、優れた人材が少なからず残っており、その人達の復興における功績は疑いのないものである。一例を挙げると国鉄の新幹線開発には多くの海軍航空技術廠出身者が貢献した。しかし、その他にも陸軍や、井深大、本田宗一郎、松下幸之助、小倉昌男など軍以外の所から出て戦後活躍した人達も大勢いる。それでも海軍出身者の力に注目するのは、各国への航海とその時に発生する現地の人達との接触が多く、国際感覚の持ち主が相対的に多く存在した集団だからである。
  この二度にわたる時代の転換を乗り切って新しい日本を作った人達は、明治維新における武士階級出身者、或いは太平洋戦争後の海軍出身者に限定されるのではないと考えるのが妥当だと感じる。現実を見る目を持った大勢の庶民の知恵が結集されて二回の成功が実現した。しかしながら、明治期における武士階級出身者、太平洋戦争後の海軍出身者が数多くその中心に近い所にいたことは間違いない。
  これらの人達があらゆる困難を乗り越えて日本の成長ないし復興に貢献できたのは、個人としての如何なる資質が生かされた故だろうか?人様々ではあろうが、対象(課題)を良く観察し、自分の頭で考え、その結果辿り着いた考え方に自信を持って行動したのだろう、その底流として武士道の精神があったのだろう、と推測している。こうした精神は太平洋戦争の敗戦後も、海軍出身者その他多くの戦前、戦中に教育を受けて敗戦当時現役世代にあった人達に受け継がれており、戦後の復興の原動力になったのは間違いあるまい。
  戦後の教育ではこの様な精神は受け継がれず、こうした精神の持ち主は上に述べた海軍出身者その他が次々に定年を迎えた1970年前後には、この人達が現役にいる間にその薫陶を受けた後輩には伝えられていたにせよ、少なくなってしまった。
  このような状況にある現代において、時代の転換の荒波を乗り切って三度目の成長軌道への歩みを日本に取り戻すのはどの様な人達か?という問いが我々に突き付けられる。 別の問題点を付け加えると、先に述べた二度にわたる時代の転換では、旧時代の支配層が一掃され、いわばゼロからのスタートができた。しかし、現代は戦後七十年余りの歴史に伴って成立した政治、経済、産業の枠組みが歴然として存在しており、白紙に絵を描くように新しいやり方を始めることは至難の業である。
  今日、太平洋戦争後の海軍出身者に相当するのは、海上自衛隊等の自衛隊出身者である。このグループに退役後、一市民として活躍している方が少なくないことは承知している。それでも太平洋戦争直後に海軍出身者が有した重みに比べると、自衛隊出身者の国民全体の中での重みは相対的に少なくなっていることは事実である。それ以外にグローバルな環境でキャリアを積んできた人達の層は終戦直後に比べて遥かに厚くなっている。今日、日本に海外留学や海外勤務の経験者は少なからず居り、その中の或る割合の人達が、成長軌道への歩みを日本に取り戻す力に成ってくれることは、期待できるだろう。この海外経験者に入る人もいるし、入らない人もいるもう一つの人材層として、筆者が期待しているのがグローバルな環境で苦労を重ねてきた研究者と技術者の集団である。筆者の意図する所を明らかにするために、次回以降この人達の経験した時代の変化に思いを馳せてみる。
  私は、武士道の精神を現代の若者に押し付ける積りは毛頭ない。今更武士道を引き合いに出さずともそれに引けを取らない立派な精神が育ちつつあると見ている。その一つの表れには阪神淡路大震災の頃から活発になって来たボランティア活動がある。東日本大震災、つい最近の熊本地震、九州北部豪雨などでボランティア活動は災害からの復興に大きな役割を果たしている。参加した人は数多く、自発的行動が立派に出来る人達である。実際にボランティア活動に参加したか否かは別として、苦境にある人を思いやり、自分のできることを何かしてあげたいという気持ちがかなり多くの人々に共有されて来ていると感じている。
  もう一つ述べたいのは、社会の中堅どころだけではなく、若い人達が自分に自信を付けて来たことだ。スポーツの大会に出場する多くの選手が、「自分のやって来たことに自信を持って試合に臨みたい」という意味のことを発言している。これはスポーツに限らず、多くの人から多くの場面で何回となく聴かれる言葉である。この様に他者に対する思いやり、自発性と自己に対する自信を備えた人達の将来に期待したい。
2017年9月 多羅尾 良吉  
 
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