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技術者の社会に対する責任と貢献④ プリント
4.研究開発の中核となる博士研究員
   アメリカにおいて、主要大学の研究開発現場で中核となって活躍しているのは博士研究員(Postdoctoral Fellow)である。博士研究員は大学院で博士号を得た後、企業や大学などで定年まで勤められる職に就く前に、自分の仕事をしたい分野の大学研究室に所属して、数年の任期付の身分で働く人たちである。彼等は任期終了とともにその職を離れ、企業や大学に正式に就職する。大学研究室の教授、准教授その他の教官は、自ら第一線で研究にあたる時間は精々40%程度で、半分以上の時間は講義、学生の研究指導、会議等の学内業務、助成金の申請、学会の仕事等に取られる。大学院学生は既に貴重な戦力と成っているケースもあるが、学位論文の作成等の義務があり、中核となって活躍する一歩前の状態にある。博士研究員は学位取得により、既に独立して研究を行う能力を持っており、しかも教育などの負担は無いので、100%の力を研究に使える境遇にある。企業の初任給をやや下回る程度の報酬を受け、任期内の生活は保証されている。こうした事情を知れば、博士研究員が大学で研究の中核となっていると言うことが納得できるだろう。最近ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥、大村智、大隅良典の各氏はいずれも日本での本格的研究を始める前に、アメリカで博士研究員として研究した経験を持つ人達である(厳密に言えば大村智氏は客員研究教授としての勤務だった。博士研究員としての雇用を依頼したが、受け入れたウエスレーヤン大学のマックス・ティシュラー教授は客員研究教授として処遇した)。
   教授は助成金供給機関であるNIH(National Institute of Health、(米)国立保健(衛生)研究所)、NSF(National Science Foundation、全米科学財団)等に研究提案を行い、成功すれば博士研究員採用の予算を確保できる。助成金が獲得できなければ博士研究員は採用できず、その提案は実行できない。特に着任したばかりの新任教授、准教授にとって、助成金獲得は容易ではないようで、その為の申請書作成のコツを記した文書も、しばしば学会の各種出版物に掲載されている。
  企業生活を通して私は、社内海外留学制度による志望者の留学先決定などの世話をしたことはあるが、私自身は海外留学の経験は無く、また博士研究員として働いたことも無い。化学で理学博士号を取得しているが、これは会社在職中に行った研究を論文としてまとめて提出し、出身大学から取得したものである(論文博士)。しかし、現役時代から定年後にかけて、仕事の上で何人かの博士研究員の経験を持つ人達に出会った。少し幅を広げると、博士研究員の経験の有無を問わず博士号取得者(以後、博士と呼ぶ)は身近に沢山いた。
  日本の企業は一般に、博士の採用に消極的であると言われており、博士が安心して働ける職に就きにくいという問題が存在する。何故こうしたことが起こり、対策も講じられないまま放置されているのだろうか? 私は常々企業の研究開発の現場では、学士、修士の人達と比べると博士は平均的に言って優れていると感じている。どこが優れているか? それは課題に取り組む時の姿勢の違いである。課題を自分の頭で考えて、自分の発想を元に研究を進めて行く。進んでは課題を自ら発見することが充分期待できる。学士、修士の場合、ともすれば上司の指示を待って行動することが多く見られ、自分の頭で課題を考え抜こうという姿勢が弱い。勿論数年働くうちに、自分の考えを持って主体的に課題に取り組む水準まで成長する学士、修士も少なくない。ではあるが、入社時から即戦力となる博士の採用に積極的でないのは、企業にとっても不利益であるし、就職しようとする博士にも選択の巾が減少するため好ましくない。
   こうした好ましくない状況を作り出している原因としては、企業経営陣や研究所管理職が博士のポテンシャルに無関心で、その実力を使いこなしていないことが挙げられる。無理もない。彼らの大部分は学士乃至修士として企業に採用された人達で、博士課程で受けるトレーニングについては無知であり、自分の経験から企業入社後の社内教育の方が企業技術者育成には有効だと考えている。博士が素晴らしい力を秘めていることを世の中や、企業にもっと積極的に知らせる努力が必要であり、その努力は技術者の日本国および社会に対する大きな貢献と言える。
  博士が安心して働ける職に就きにくいことが日本中に知れ渡っているせいか、科学系の学生は修士課程修了で社会人に成る人が圧倒的に多く、博士課程進学者は僅かである。日本の大学院博士課程では、外国人留学生が過半数を占めている。アメリカの大学院科学系留学生の国別ランキング(2014年データ)によると、インド(72,690人)、中国(68,610人)が上位を占める。三、四、五、六位がイラン、韓国、サウジアラビア、台湾(各々7,040人、 6,900人、 6,090人、 4,400人)で日本は十四位(1,110人)である。先進国であるドイツ、フランス、イギリスなどは更に少ないが、この三国は国内に最高レベルの大学院を持っていて、別格であろう。日本の大学院に見切りをつけてアメリカの大学院に行く人もいるであろうが、上記の統計から考えると、その数は微々たるものである。巨大な人口を持つインド、中国と比肩することを期待するのは無理であるが、せめて韓国、サウジアラビア、台湾並みのレベルは確保して欲しい(数字はGLOBAL NOTEより引用)。
  前回から今回にかけて、博士研究員が積極的に研究に取り組むためのベースとなる研究助成金には国が提供する科研費、企業の助成金制度、さらにはクラウドファンディング等があることを書いてきた。そして、これらの助成金を獲得するためには分かり易いプレゼンテーションが何よりも求められることを述べた。
   最近、大隅良典さん(東京工業大学栄誉教授、2016年ノーベル医学生理学賞受賞者)の指摘を受けて、文部科学省が若手研究者の支援強化策をまとめたことが報じられた(日刊工業新聞など2017.4.25)。2018年度予算の概算要求を通して具体化を急ぐとしている。支援強化策のうち、逸早く公表されたのが、独り立ちして間もない若手の教授や准教授が研究室を立ち上げる時に必要な費用の一部を補助する制度だ。2017年10月に交付先を決めるとしている(日本経済新聞2017.6.19)。 
  この支援強化策には若手が就任できる安定したポストを増やすことも盛り込まれている。博士が安心して働ける職に就きにくいという状況打開には幾らかは寄与するだろうが、充分というには程遠い。短期間で終わる博士研究員としての雇用を繰り返し、何時までも経済的に自立できない例も少なくない。研究者本人にとって不幸なことであるが、社会にとっても重要な貢献ができる潜在的能力を活用できないという大きな損失である。次回はこの問題をもう少し視野を広げて見て行きたい。
                                                                                                                                         2017年7月 多羅尾 良吉  
 
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