2017/06/14 水曜日 09:47:53 JST |
3.日本の科学分野でのノーベル賞受賞は今後消失する?
昨年度のノーベル医学生理学賞は日本の大隅良典さんの「オートファジーのメカニズムの発見」に対して授与された。酵母細胞の液胞の働きを調べることから始まって、オートファジー現象の仕組みを分子遺伝学的に解明した大隅さんの業績には、心から拍手を送りたい。ところで、受賞決定の報道直後から、大隅さんが語った将来への危惧が世の中の関心を集めた。この受賞で科学分野での日本国籍の受賞者はノーベル医学生理学賞、物理学賞、化学賞で累計20名となった。だが、受賞対象となった研究成果は大部分が20年以上前に得られたものであり、今後も引き続いてノーベル賞に値する研究成果が出てくるか、甚だ厳しい状況である。大隅さんの危惧はここにある。この所大学運営費交付金は年々縮小されている。新しい研究を行う資金は、科学研究費補助金(科研費)のような競争的研究資金に頼ることになる。競争的研究資金は、誰もが賛成する様な無難な流行に乗った案件に流れやすく、独創的で新しい分野を開くようなリスクが高い案件は採択されにくい。こんなことでは結果の出やすい改良研究に金が流れ、今後日本からリスクは高いが成功すればノーベル賞も夢ではない野心的な研究提案の出る確率は低いと言わざるを得ない。
この現状に危機感を覚える大学などの研究者からは、文科省や政治家にこの危機感を共有して解決に乗り出すように訴える声が上がっている。
科学技術行政、政策立案に当たる側の再認識を求めることは必要ではあるが、そもそもノーベル賞受賞がここまで熱望されるのが広い意味での国益を追求する上で、まともなことなのか? 何よりも忘れてはならないのは、大胆な仮説に基づき、産業にインパクトを与える研究提案が数多く行われ、その中から優れた提案に資金が提供されることである。国益に資する研究成果が多くの分野において豊富に提供され、それらの中にノーベル賞受賞に至る物も出る、というのが望ましい未来像ではないか?
科研費とは別に民間の基金で大胆な仮説に基づき、産業にインパクトを与える研究提案に資金を提供することも既に幾つかの企業が行っている。
私が最近関係した研究助成金制度もその一例である。多数の助成金申請の中から、採択されて助成金を受け取るのは厳しい選考過程を経てのことであり、競争率は高く申請を行う研究者にとっても決して楽なことではない。
選考委員としての経験から一言述べたいのは、申請書の読破が容易ではないことだ。資金が獲得できるか否かが申請書の内容によって決まるのだから、書き手は真剣に努力して書き上げる。その真剣さは読み手にも伝わってくる。ただ書き手は読者を、申請書の内容についてあるレベルの予備知識を持っている専門家と想定していることが多いようである。しかしながら、実情は化学系の仕事に携わり、広い意味での化学をベースにして働いて来た人達が選考委員であり、そのテーマについての専門知識を持っているケースは寧ろまれである。添付される過去に公表した関連文献も、高度な専門知識を前提とした定評のある専門誌のものが多い。定評ある専門誌に掲載されることが専門家の間での評価につながるのだから、その様になるのが当然と言えば当然であるが、一般の読者にとってはとっつきにくいものとなる。それでも少数ではあるが、添付文献が非専門家を対象とした書き方のものであることもあり、これを一読すると申請書が遥かに分かり易くなる。私はこのような読みやすい文献が付いていない時には、申請者または申請者の指導者が書いた解説的文献をインターネット経由で入手する努力をした。巧く行けば解説的文献が入手でき、まずそれを読むことによって申請書が楽に読破できた。選考委員がとり得る申請書理解のためのそれ以外の手段としては、申請者が発明者の一員である関連する特許の公開公報が存在するならば、それを利用することがある。学術文献では殆ど触れない実用的な目的を、公開公報で詳しく書いていることも多く、申請の意義を確認するのに利用できる。但し、特許を出願していない研究が過半数であり、この方法も使えるケースは多くない。
このような体験から、分かり易い申請書作成(プレゼンテーション)が資金獲得の早道であると信じている。自分が理解できない申請書を何らかの理由で採択に値するとする選考委員は一人もいないだろう。野心的な研究者には、独自の優れた発想を分かり易い形で示して研究資金を確保して頂きたい、と心から願っている。
最近の研究費獲得の動きとしては、クラウドファンディングがある。これはインターネットを通じて多くの人達から寄付を募る資金獲得法である。寄付金は一人数千円程度から受け付けられる。この程度でも百人集まれば数十万円となり、貴重な財源になる。徳島大学、近畿大学(それぞれacademist社、(株)Campfire等のクラウドファンディングサイトと提携)等幾つかの大学が既に始めており、実績も出つつある。研究という制約上、ベンチャー企業のような成功時に応募者が配当を受ける運営は難しく、応募者が税制優遇を受けられる寄付型、記念品を贈る購入型など、応募者に報いる方法は様々である。山中伸弥さん(京都大学iPS細胞研究所所長)が京都マラソンで自身の完走を条件にクラウドファンディングによるiPS細胞研究基金への寄付を呼びかけたところ目標1,000万円に対し、2,000万円以上の寄付が集まった。山中さんのような超有名人は別として、無名の若手研究者がクラウドファンディングにより研究資金を確保するには、やはり専門家集団だけではなく、一般の人達の同意、共感を得るために分かり易い研究構想の魅力的な発信が当然必要であり、やはりプレゼンテーションの巧拙が結果を左右する。
ある研究がクラウドファンディングに資金を求め、寄付を募集していることを知った人にとって、その研究に対して寄付を実行する動機は何だろうか?また得られるものは何だろうか?動機はその研究が新しい世界、社会を切り開いてくれるという期待感、研究に自分自身が直接関与できなくてもその様な有意義な仕事をサポートできるという満足感、研究者や、サポーター同士の間に人間的なつながりができることの楽しみなどであろう。応募者に対する有形の見返りとしては研究年報や、記念グッズ等の提供の他、研究成果を伝える場への出席とレクチャー聴講などがあり、内容によっては子供を同伴すれば、子供達が通常直接には触れられない研究最先端を体験する機会にもなる。
以上を「技術者の社会責任と社会貢献」の観点からまとめると、研究費獲得には、独自の優れた発想を分かり易い形で示すプレゼンテーションが最も重要であり、そのことを若手研究者に伝えること、更に広げて、最早研究の第一線で働く身分ではない技術者OBも、研究開発及び関連する社会問題について積極的に意見を述べる、見解を伝えるなどの活動を行うことが責任を果たし、社会貢献になるということであろう。
クラウドファンディングについて補足すると、技術者OBも寄付の呼びかけに応じることはできる。色々な学会に所属している技術者OBは多いが、彼等にとって学会の年会費と同レベルのお金をクラウドファンディングに使うのは難しいことではあるまい。「受けるよりは与える方が幸いである」という言葉が新約聖書にある(使徒言行録20.35)。応募者は研究内容の受信者であるが、資金については与える方である。寄付行為を通して与える者の幸いを味わうことも、技術者OBにとっては嬉しいことではないか? 2017年6月 多羅尾 良吉
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