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技術者の社会に対する責任と貢献② プリント
2.技術翻訳を担当して学んだこと
外注翻訳者として私の担当したのは、大部分日本人の書いた化学系の日本語技術文書の英訳である。私は会社在職中TOEICを一度受験し、820点の成績であった。現在は、大学生が980点位とることも珍しく無い時代だが、当時としては良い成績だった。そんなことで自分の英語力に対し、それなりの自信を持ってこの仕事を始めた。
  ところが勝手が違った。或る英国人から「貴方の英文は文法的には正しい。丁寧に読んだから私は理解できる。しかしネイティブの人が使わない表現がかなり目立つ。普通の読者には分かり難い英文だ」と批評された。
この指摘は急所を突くもので、その後それなりに努力しているものの、ネイティブ並みの自然な表現には未だに程遠い。これはJapan Times 等の英字新聞やChemical & Engineering News等の英語の専門誌を日常的に読むこと等で、初めて到達できるレベルであろう。私にはかつて三年程長時間電車通勤をしていた時期があったが、その期間中は乗車駅でJapan Timesを買い、車中で社説を通読することを日課にしていた。転勤でこの車内学習法が不可能になり、中断したのが悔やまれる。
 英訳に際しては、良い辞書を備えて徹底的に検索することが大切だ。手抜きをしないで辞書をとことん引いた人が勝ちである。最近は、動詞と前置詞の組み合わせなど語と語のつながりを多くの用例で示した新編英和活用大辞典(研究社)を愛用している。また、毎日の様にグーグルを辞書として使う。ある日本語の語句に対して二つ以上の英語表現を思いついた時、夫々入力してヒット件数を見る。ヒット件数が多い英語表現は良く使われているので、読者に意味が分かり易いと言える。
文書で記載している技術内容の理解も大切である。ここで問われるのは技術に関する専門知識である。自分が現役時代に直接関わった分野のものは少数であり、大半は未知の分野に属する。装置であれば図面を頼りに一つ一つの部品などの位置を確認すること、化学構造式や反応式も記載があれば調べること、従来の技術から進歩した点を把握することなどが必要になる。
基になる日本語文書の日本語が分かり難いこともある。外国人が書いた日本語に時々見られるのが、文法から大きく外れた文章、不適切な用語、誤字などである。また、日本人の著者の文章でも主語が無いもの、誤字、著者が安易に作った新造語、更には英米では通用しない和製英語等が少なくない。また推敲不足のものが大変多い。例えば図面番号や部品番号が途中で変わってしまうものなどは読者を大いに戸惑わせることになる。もともと独立して書いていた二つの文書を合体させて一文書にする時などに、こんなことが起こりがちである。何とか文書の他の部分の記述から正解を見出そうとするが、骨の折れる作業である。
考えて見れば日本語技術文書の英訳は、日本発の技術を世界に知らしめることに直結するので、行うこと自体が社会貢献となる。貢献を確実にするためには、正確な訳文であることや理解しやすいことが要求される。
しかし、これ程英語教育の充実が叫ばれている時代ではあるが、日本語の技術文書を適切に英訳できる人材はごく少数である。日本国内で生活している限り英語会話、作文、読解などの能力が平均以上に求められることは少なく、骨の折れる英語学習をあえてする必要がないからである。これは外国語をマスターしようとするインセンティブが弱いことに通じる。事情は、研究者、技術者でも同じである。この国にいれば英語世界で新しい概念を指す言葉が出て来ても、すぐにそれを短縮したカタカナ表現の日本語が出回り、それで用が済むからである(スマホ、コンビニ、メルマガ、...)。自然の勢いに任せていれば、日本から分かり易い英語での情報発信は永久に増えないだろう。世界中で日本人の考え方や意見を理解できる人が増えず、その結果日本の立場に対して支持も得られず、損をするのは日本国民全体である。

著書「タテ社会の人間関係」で知られる社会人類学者中根千枝さんは『日本人にとっては、英語力をつける、あるいは向上させる、ということよりも、英語の用語を日本語化して使用することがますます多くなることであろう。たとえば「アプリ」「ダウンロード」のように...(中略)...それでは英語ができるかといえば、必ずしもそうではない。英語のシンタックスは無視されているからである。』と述べている(學士會会報 No.962, 2017-1, p.72-74)。
技術翻訳の仕事は将来自動翻訳に置き換えられるだろう、とする予測もある。上述したように、適切な英語表現を選ぶこと、技術内容を理解すること、日本語原文に問題があることなどの困難な点を考えると、この領域の自動翻訳は至難の業と思われる。自動翻訳を一回行い、出来た英文を翻訳者が手直しすることで完成とし、翻訳作業の労力低減を図ることも検討されている。これも自動翻訳の出来栄えが良ければ結構だが、そうでなければ日本語原文から人間が翻訳する方が却って速いことになるので、どうなるか現時点では判断できない。
英語以外の外国語翻訳にも活動が広げられれば更に良いと思う。私の場合、大学で第二外国語として学んだドイツ語は、化学の必読文献にドイツ語で書かれた物が多かったこともあり、日常的に目を通していた。しかし残念ながら社会に出てから使うことが少なく、英語のレベルまで達していない。 
 定年後一念発起して中国語教室に四年余り通った。そして教室で教えて下さった先生の方針で、中国語検定試験を毎年受験した。準4級、4級と進んで、3級は一回目不合格、翌年再受験して辛くも合格した。3級のレベルは、大学教養課程で第二外国語として二年間学んで単位を取得したレベルに相当すると言われており、実務で使うレベルとは大分開きがある。3級合格の実績はそれまでの努力が報われた感を与えてくれたので、そこで教室通いを止めた。現在は時々日常会話のCDを聴くことしか行っていない。それでも中国語圏滞在時に、挨拶など中国語で行うと、先方も親しみを感じて下さり、その後の英語での話も弾むようになるのが嬉しい。
                                                                                                                                                                2017年5月    多羅尾 良吉 
 
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