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技術者の社会に対する責任と貢献①   プリント
2017/04/26 水曜日 11:54:23 JST
1.はじめに
 企業を離れて思うこと
化学技術者のはしくれとして、化学系企業勤務を一通り体験してきた。定年退職し、現在は一個人として今後如何に生きるべきかを模索しながら毎日を過ごしている。そんな暮らしの中で、技術者の社会責任と社会貢献について考えさせられることが多い。
「え?技術者の社会責任と貢献?決まっているじゃないか。良い製品を産み出して所属する企業(社会の一単位)に収益をもたらすことに尽きる。これがひいては国内外の経済活動にインパクトを与え、国民、更には人類の生活水準の向上に寄与するのだ」という声が聞こえてくる。この意見は間違いとは思わないが、筆者は貴重な技術開発の成果を加速的に、かつ継続的に獲得するためには、より突っ込んだ考察や議論が必要であると考えている。
「経済成長には魅力ある新製品の登場が必要だ(売れる新製品を出せない研究者、技術者への非難と受け取れる)」、「大学の基礎研究に充てる研究費が不足しているので若手研究者が安定した職に就けない(大学の研究費が不足していることに対する政府への非難と受け取れる)」等の発言を殆ど毎日のように聞かされるが、その先で、では如何すれば良いのか?ということを自分自身の問題として考える人は極めて少数である。大多数の人達は他者の認識や努力の不足を批判するだけで、何となく他人事と言わんばかりの論調である。政府批判を口にすることは容易いが、政府が事を行うには税金が必要だ。問題解決のために政府が何事かを行おうとする時には、我々が負担している税金がそれにあてられることの認識が不足しているのではないだろうか?  

技術開発のための研究には幾つかの欠くべからざる要素がある。テーマ設定、文献調査と読み込み、市場予測、研究本体(実験、計算、データ解析、考察他)、結果の権利化と公表、製品化への移行、プレゼンテーション等である。これらは小さいテーマなら少人数の研究チームだけの力で行い得る。しかし、大きい野心的なテーマの場合はチーム外の人達との共同作業が不可欠となる。
研究員はプロフェッショナルな研究者、技術者を志してこの道に入った人達であるから研究本体の所はしっかりこなすであろう。兎角十分な注意が払われないまま進行してしまうのが、文献調査と読み込み、プレゼンテーションなどである。
文献調査と読み込みでは、調べるべきことが膨大で個人では読み切れないことがまま起こる。また、検索ツールが幾つもあり、それらを適切に使いこなすことが現実的に難しい場合もある。プレゼンテーションでは学会での発表が第一に必要となる。研究リーダーも学会発表の勘所は自分の経験などから良く分かっていて、専門家の集まる学会の席上で、そつなく、面倒な質問が出ないような発表を指導する。しかし学会以外で、社内に対する成果売り込みなどのプレゼンテーションを行う場合には、まず分かり易いことが大切だ。学会では一応の予備知識は持っている聴衆である専門家集団に対する説明で良いのに対して、専門家ではない社内の意思決定者、協力を仰ぐ別部門の人達に理解して貰うには学会発表以上の念入りな分かって貰うための努力が必要になる。初めから理解する意欲の乏しい聴き手はさておき、真面目に理解しようとする人を惑わせ、失望させるプレゼンテーションが残念ながら少なくない。

何事かを成し遂げるにはチーム外部の力が必要だ、ということが既に一般に広く認識されているのがスポーツの世界である。 大相撲の優勝力士は優勝杯を渡されて「これまで自分を育ててくれた両親、先生、親方、先輩、協会スタッフ、トレーナー、更には応援してくれるファンの皆様に感謝する」という意味のことを口にする。プロ野球、スキー、サッカー、陸上など殆どあらゆるスポーツで、同様なコメントが選手の声として伝えられる。そしてこれを見ている見物席の観衆、テレビ視聴者達も何ら違和感なく受け止めている。 これと殆ど同じことが成功し、脚光を浴びた研究者、技術者からも聞かれる。即ち「成功するか否かは、外部の力を如何に活用できるか否かにかかっている」ことは今や常識である。「成功するか否か」とは、言い換えれば「社会責任を果たし、社会貢献を行えるか否か」である。 それでもあえて今回「技術者の社会責任と社会貢献」について取り上げるのは、まだまだこの事が充分には認識されていないのが現実だからである。そのために得られるはずの利益が損なわれることが企業レベル、或いは国家レベルでも頻発しているのではないか? 

 外部の力を活用する第一歩は、まずここまでに得られた研究成果、その将来への発展性などを良く理解して貰うことである。当然ながら発表者の主張したいこと、理解して欲しいことなどが一貫して明示されていることが基本である。話の筋がはっきりせず、ぶれてばかりいると聴き手は話に付いて行けなくなり、遂には理解を諦めてしまう。プレゼンテーションをより広い意味で「情報発信」と言い換えると、情報発信の質の高低、発信回数の多寡が外部の協力をどの程度得られるかを決めると言っても過言では無いだろう。
現代はグローバリゼーションの時代である。テレビ会議が日常的なものとして定着しており、遠隔地にいるメンバーにも長時間の移動を強いることなく、会議への参加を求めることができる。メンバー間を隔てる地理的な壁が取り払われ、インターネット登場前に比べて、より広範囲で外部の力が活用できる時代になっている。 
 技術者の発明発見を生かすも殺すも、良質の情報発信が並行して行われるか否かにかかっている。更に議論の枠を広げて、国家や社会における科学技術の諸問題においても、事の本質や捉え方に関する良質な情報発信が問題解決の鍵となる場合も少なくない。控えめに言っても、良質な情報発信が技術者に求められている「社会責任と社会貢献」の重要な一要素であろう。 

 私は定年退職後十数年間、その企業の関連会社の内の一社(翻訳会社)で化学系技術文書の翻訳を外注翻訳者としてさせて頂いた。また、その企業が親しい企業と共同で設立した化学系の若手研究者に対する研究助成金制度で七年間、応募研究提案の採否を決める選考委員会の委員として助成金授与に関係した。これらの定年後の仕事は私の技術者としての視野を拡大してくれたと感じている。仕事以外にNPO活動としてシニア交流、異業種交流、それらに加えてこの横浜産業新聞の発行などの事業を行う特定非営利活動法人ヴイエムシイにも入会し、技術者OB以外の企業OB方々とも交流した。それらの経験も交えながら、「技術者の社会責任と社会貢献」について、改めて考えていることを述べて行きたい。読者に分かり易い文章であることを念頭に筆を進めて行くので、 楽しみながらお付き合い頂ければ幸である。
                                                                            2017年4月   多羅尾 良吉    
 
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