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中小企業の事業継承問題について(1) プリント
2018/08/30 木曜日 14:06:53 JST

第1回 後継者難、その背景のひとつ 

 中小企業では後継者難が深刻なようである。帝国データーバンク横浜支店の調査によると、昨年休廃業・解散した1163件の55%の代表者の年齢が「70歳以上」であったと毎日新聞(3月1日・神奈川版)は報じている。中小企業と言ってもいろいろあるので、どのような業種で後継者難になっているとは一概に言えないが、中小企業経営者が共感する池井戸潤作「陸王」の世界は、一つの典型的な例だと言える。

 小説の主人公は、「こはぜ屋」という埼玉県行田市にある1913年(大正2年)創業の老舗足袋屋の4代目社長。その規模はパートを含め従業員27名。社長の長男は工学部の大学生で、就職活動中という設定である。小説は、主人公がジリ貧の業績を打開するため新事業に乗り出し多くの難関を乗り越える話であるが、その過程で就活中の長男との葛藤を通して事業承継の機微も描かれている。

 主人公が考えた新事業は軽くて脚に負担がなく、はだし感覚で走れる長距離走に適した新素材を底(ソール)に使うランニング足袋である。新素材の開発など、一介の足袋業者が簡単にできるものではない。そこで目をつけたのが「シルクレイ」という新素材なのだが、その新素材を開発した特許権者は、これも事業失敗で自己破産し、元債権者(暴力金融業者?)から追い回されている中小企業の元社長である。 

 だから新素材の生産技術は確立していないし、どのような条件で生産したらランニングに適した性能を発揮するかも分かっていない。そこで主人公と元社長は「シルクレイ」開発に使用したパイロットプラントを足袋屋の工場の一角に持込み、最適性能を求めた生産技術の確立を目指し開発を始める。その元社長の補助として、就活中の長男がアルバイトで手伝うことになる。

 長男は工学部の学生なのだが、応募する会社の面接試験で次々と落とされている。父親が資金繰りなどで、四苦八苦している毎日を見ているから、とにかく就職先を早く決め、老舗の足袋屋と縁を切りたいと考え、もやもやしている。5代目として家業を継ぐ意思などまったくない。それを知る主人公だが、それでも暖簾と従業員とその家族の生活を守るために必死に頑張っている。そしてある日、事件が起こった。

 長男の目の前で、元社長が元債権者の暴力により大怪我を負い入院する。その入院中に、パイロットプラントが壊れてしまう。その修復作業を、病床の元社長の指示で長男が行う。この作業の最中、長男に大手企業から面接の知らせが来るが、長男は修復作業を優先し面接を棒に振るなど、長男の微妙な心理の変化が描かれている。やがて長男の頑張りでパイロットプラントは修復され、最適生産条件も開発される。そしてランニング足袋「陸王」の誕生を見る。

 その後長男は大企業(メトロ電業)の面接試験を受ける。自己紹介で、「陸王」の開発に係った経験から、仕事の厳しさと、逃げずに挑戦する楽しさを学んだと語る。その内容は面接官の心を掴み、即、採用内定される。だが、長男は父親に「受かったが、こはぜ屋での仕事を続けたい」と言う。これに対し父親(主人公)は「メトロ電業に行け。こはぜ屋に足りないことが何かが分かる。世界を見て来い」と応える。

 この「世界を見て来い」という言葉に、中小企業の社長の苦悩と後継者難の一端が窺われる。小説では、新素材のランニング足袋は大手企業の資金援助を受け成功への第一歩踏み出したところで終わる。だが、こはぜ屋の将来が前途洋々ということではない。そのことを誰よりも社長は分かっている。だから息子には大企業に入り「世界を見て来い」という。

 100年以上も続く老舗企業で、後継者難に悩む企業の社長の多くは60歳~70歳代。戦後日本経済の成長と共に育った世代である。「石炭から石油」に始まる多くの産業構造の変革、所得倍増計画、日本列島改造論などの政策、それに次ぐモータリゼーション、さらには東西冷戦の終結に伴う新自由主義に傾いていく産業政策。そういう時代の辛酸を先代と共に味わい、事業を継続してきた世代である。

 一方、社長の後継者の世代は小説の主人公の長男と同じで、資金繰りでは銀行に、営業では大手顧客に頭を下げる親の後姿を見て育った。しかも親の世代との決定的な差は、戦争経験や戦後の焼け野原を知らず、ひもじい思いもしていないことである。生まれた時からテレビがあり、街には自動車があふれ高層ビルが林立する。表面的には豊かな日本の姿しか知らない世代である。だから、親父のような苦労をするなら家業を継ぎたくないと思うのは当然である。

 中小企業の後継者難と言うが、子供がいないという純粋な後継者難は別として、多くは事業分野の衰退や産業構造の変化という要素と不可分である。次回は小説の世界ではなく、ほぼ同時期に事業承継した70歳代の同じ業種の同じような規模の老舗の社長が、業界を取り巻く厳しい事業環境の変化の中、一人は息子の世代に事業を承継し、一人は老舗を廃業してしまった実例を紹介する。

 

                                                        文責:廣瀬 薫

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