AEC(ASEAN経済共同体)への戦略的アプローチ!(その7―下) |
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2016/07/21 木曜日 10:24:38 JST |
前号においては、インドネシア経済の抱える課題について考えてみたが、本号ではそれらの課題にどう向き合うのか、インドネシア政府の掲げる成長戦略についてお伝えしたい。
去る5月末のG7伊勢志摩サミットの拡大会合に合せジョコ大統領が来日、日本との経済協力の更なる強化と日本からの投資によりインフラ整備と製造業の強化を図りたいとの表明があった。
昨年来同国からも投資誘致ミッションが複数来日したが、この中でも昨年12月には、投資調整庁(BKPM)長官を団長とする「日系中小製造業のインドネシア進出の可能性を探る」とのテーマを掲げたミッションがあり、今回のジョコ大統領の方針の具体論ともいうべき内容が提示されており、その中から主要な部分を以下にまとめた。
1.インドネシア経済の改革路線
実質経済成長率は2010年の10%をピークに6.5%⇒6.2%⇒5.8%⇒5.0%と低迷が続いている。日本から見るとはるかに高い成長率ではあるが、発展途上にある同国からすれば不充分かつ成長率の鈍化傾向が問題であり、ましてや米ドルベースではマイナス成長を続けている要因である自国通貨ルピアの下落をもたらす輸出構造・産業構造の現状が本質的な問題であることは前号で述べたとおりである
これらを踏まえて、昨年2年目を迎えたジョコ政権は、低迷する経済の立て直しを図る為に改革路線を打ち出した。その経済政策の三本柱として、①投資②輸出③製造業を重点分野として挙げているが、要は外資受け入れによる製造業の育成・高度化と、AEC域内外向けの輸出基地の確立へ軸足を移すというものである。
海外からのは直接投資(FDI)は、2014年には2010年比較で76%増の約285億ドルと外資受入国の世界ランクで第14位と、AEC域内ではシンガポールに次ぐポジションであるが、これを更に加速させたいとしている。
その為の規制緩和・政策減税ほかのメニューも各種揃えているが、同時に重点志向する投資優先分野を以下の通り指定している。
①
インフラ分野:
・化石燃料ベースの発電所の新設:35GWの電力供給網の整備(日本では原発1基が100万KWといわれており、35GWとは原発35基に相当する)。
・鉄道、高速道路及び島しょ国ゆえの全国24港の港湾整備による交通・物流インフラの整備。
②
製造業:以下の4カテゴリーを重視する。
・輸入代替産業:化学と製薬・鉄鋼。
・輸出志向型産業:電子機器・自動車・機械・パーム油製品・海老など。
・労働集約型産業:繊維・食品及び飲料・家具・履物。
・天然資源の川下産業:カカオ・砂糖・アルミなどの精製・精錬業。
③
海運:海運業・造船業・冷蔵倉庫・海運の情報通信技術。
④
農業:食料用プランテーション、とうもろこし生産、畜牛。
⑤
観光業:観光地開発。
2.素材及び機械産業
上記製造業の中でも、特に機械産業・エレクトロニクス及びICT関連・陸海空交通インフラ、更には防衛産業全体を素材面で支える基幹産業となる金属・鉄鋼・アルミニウム・銅精錬・ニッケル製造の分野での自国産業の自立を目指すとしている。 鉄鋼業においては、近い将来一部の特殊な品目は日本からの輸入に頼らざるを得ないが、殆どの鋼材・鋼管・線材・棒鋼・鋼板などは自前で供給することを目標としている。
また、機械産業全体の中核的セグメントとして、以下の業種の国内生産の自立と高度化・高付加価値化を目標に掲げている。
エンジン・タービンなどエネルギー・電力関連機械、建設機械、運搬・荷役機械、農業機械、繊維機械、製紙業関連、電子機器、医療機器。
今後5年間でエネルギー・電気・プラント・工作機械・医療機械で約1,500億ドルの国内需要が見込まれており、それらを全て国内の製造業で賄うとしている。
日本ASEANセンターのデータによると、2013年の同国の貿易収支は40億ドルの赤字で貿易総額に対しては僅か1.1%だが、電気機器・一般機械グループに限ると赤字は290億ドル・7.8%へと跳ね上がる。一方、対日貿易収支は約118億ドルの大幅黒字でありながら、電気機器・一般機械グループに限ると約50億ドルの赤字と、総輸出入額に占める割合は輸出7%・輸入41%の大幅な輸入超過となっており、如何にこの電気機器・一般機械グループの輸入依存度を下げるかが喫緊の課題であることが理解できる。
3.自動車産業
他方、製造業の柱である自動車産業においては、上記とは対照的な状況を呈している。
日本の殆どの完成車メーカーが既に進出しており、ASEAN自動車連盟の2013年データによれば、同国の生産台数は約120万台と域内最大手のタイの約250万台に次ぐ規模に育ち、国内販売台数約123万台と台数上においては大きなギャップはない。
また、別のデータでは2014年の国内販売台数ではタイを抜いて域内最大の市場になっている。既に2010年前後に一人当たりGDPが3000ドルを超えてモータリゼーションの時代に入り、これから国内保有台数の加速化とも相俟って域内外への輸出増も視野に貿易収支改善に大きく貢献するはずである。
以上の通り、同国の自動車産業と電気機器・一般機械グループとの極端な違いは、既に進出済みの日本の自動車メーカーの高い国際競争力抜きには考えられないが、同国産業政策上の優先度にも大きく左右されてきたとも考えられる。
4.経済特区の紹介
本特集でも既にベトナム・フィリピンで見てきたように、外資受け入れのためのインフラとしては、経済特区の優位性・利便性とそれを後押しするのに不可欠な行政側の許認可手続きの簡素化と効率化が不可欠な要素である。
各国ともこぞって、各経済特区の優位性をアピールすることになるが、以下同国が推奨する経済特区の代表例を挙げる。
①
4-FTZ(Free Trade Zone):スマトラ島沖合のバタム島(バタム市)を中心とする4島からなる自由貿易地域。
シンガポールからは僅か20kmの至近であり、貿易取引上の利便性も高く輸出加工型産業の有望な投資先である。
なお、横浜市のY-PORT事業の一環として、バタム市との提携に関する覚書を昨年5月に締結済みである。
※Y-PORT事業:2013年に横浜市が開始した国際技術協力事業、新興国・途上国の人口増加や経済発展に伴って直面する都市インフラなどの課題解決の為の協力事業。日本政府、JICA、ADBなどがバックアップしている。
これまでに、セブ市、ダナン市、バンコク市との提携の覚書を締結している。
②
8-SEZ(Special Economic Zone):ジャワ・スマトラ・カリマンタン・スラウエシ・
パプアの主要5島を中心に全国8ケ所の特別経済区。食品・水産・農産品加工、機械製造業、石油化学、ゴム加工、ニッケル・鉄鉱石、観光、ロジスティックなど各地の資源などの特性を生かした事業の高度化にインセンティブを賦与するというもの。
中でも同国第3の都市・メダンにあるセイ・マンケイ特区はパーム油加工やゴム加工産業、観光がメインでジョコ政権の重点投資地区として、特に電力供給力の強化を図っている。
③
15-New Industrial Park:②のSEZ同様全国各地に設置した工業団地で、それぞれにハイテク産業・アルミ加工・ニッケル精錬・ステンレス産業・肥料・石油産業・パーム油産業などを主たる外資誘致関心品目・産業としている。
5.政策減税
投資誘致の為の各種優遇措置のなかでも、先ずは税制面での措置として、以下の3本柱をジョコ政権の目玉としている。
①
タックスホリデー:最低投資計画額8千万ドル以上の特定パイオニア産業への投資に対し、商業生産開始より5~15年間、法人税を10%~100%減免する措置で、特例として20年間の減税もある。
特定パイオニア産業とは、基礎金属・石油ガス精製/有機基礎化学・機械製造・再生可能資源・通信機器製造・農林水産物加工・海運業・経済特区内の製造業・経済インフラの9産業である。
②
タックスアローワンス:特定143業種・地域への投資に対する6年間の法人税減税措置。主にジャワ島以外に立地するプロジェクトを対象にしている。
③
輸入関税優遇:上記で認可された投資案件関連で輸入される機械・設備・原材料については2年間の輸入関税免除、また国産機械を30%以上使用する企業には4年間の関税が免除される。
※上記経済特区及び政策減税に関わる詳細は、下記にお問い合わせください。
インドネシア投資調整庁日本事務所(Indonesia Investment Promotion Center)
東京都千代田区内幸町2-2-2 富国生命ビル16F TEL:03-3500-3878
6、行政手続きの効率化
上記経済政策の実行面で、日本など先進国においてさえ問題となり、ましてや発展途上
国においてはより深刻な問題となるのが、お役所仕事つまり許認可行政に於けるハンコの多さ、いわゆるレッドテープと称されるものである。
行政手続きの効率化に関し、前号のフィリピンのケースとも似通うが、BKPMは以下の通り宣言している。
① Online Licensing Progress:2015年初頭より、オンラインによる手続きを通じて、投資認可に始まる様々な種類の許認可を取得できる。
② One-Stop Service:BKPMのワンストップサービスにより、より迅速に・より簡便に・より透明化かつより統合化された投資手順を踏むことが可能となった。
③
3-hour Investment Licensing Service:800万ドルそして/または現地労働者1000人以上の雇用創出する投資案件については、投資許可・法人設立・ 輸入ライセンス・就労許可・土地使用許可など9種類の許認可を3時間以内に取得できる。
これは正にジョコ大統領肝煎りのシンボリックなコミットメントである。
赤道を挟むいろいろな意味において大きな国インドネシア、日本への熱い眼差しを感じながらも、先ずは現地視察により、肌感覚を研ぎ澄まして現地の空気を感 じることが肝要と思う。あらためて、"Seeing is Believing" 、"百聞は一見に如かず" である。
(以下、次号)
出典:世界経済のネタ帳、JETRO、インドネシア政府(BKMP)資料、日本ASEANセンター・ASEAN情報マップ。
(文責:今井周一 2016年7月20日)
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