1.ASEAN10ケ国の一人当たりGNIによる所得格差
前号では、ASEAN10ケ国間の基本的な経済指標における規模の格差について触れたが、ここでは各国の国民の平均的な所得水準について見てみたい。
世界銀行は毎年、国別の一人当たりGNI(国民総所得)を基準に、各国が高所得国・高位中所得国・低位中所得国・低所得国の4グループのどこに属しているかを公表しているが、直近の2013年の各グループごとの基準値は以下のとおりで、また各国それぞれの所属グループは表-1のとおりである。
① 高所得国:12,746ドル超 (G7を始め75ケ国)。
② 高位中所得国:4,126~12,745ドル (メキシコ・マレーシア・中国など55ケ国)。
③ 低位中所得国:1,046~4,125ドル(インド・インドネシアなど50ケ国)。
④ 低所得国:1,045ドル以下(アフガニスタン・カンボジアなど35ケ国)。
ASEAN10ケ国の一人当たりGNI(2013年) 【表-1】
所得別グループ
|
国 名
|
人 口
(百万人)
|
GDP
(10億米ドル)
|
GNI/1人
(米ドル)
|
高所得国
|
シンガポール
|
5.4
|
302
|
54,580
|
〃
|
ブルネイ
|
0.4
|
16
|
36,710
|
高位中所得国
|
マレーシア
|
29.6
|
313
|
10,420
|
〃
|
タイ
|
68.2
|
387
|
5,360
|
低位中所得国
|
インドネシア
|
248.0
|
910
|
3,760
|
〃
|
フィリピン
|
97.5
|
272
|
3,270
|
〃
|
ベトナム
|
89.7
|
171
|
1,740
|
〃
|
ラオス
|
6.8
|
11
|
1,450
|
〃
|
ミヤンマ
|
64.9
|
58
|
1,270
|
低所得国
|
カンボジア
|
15.4
|
15
|
950
|
※GNI(Gross National Income):国民総所得。
※出典:世界銀行World Development Indicators、ブルネイ/ミヤンマは夫々
2012/2014年値。
人口・GDP小国が所得水準では抜きん出ている一方、インドネシア・フィリピン・ベトナムといった人口大国が低位中所得国に甘んじているが、マレーシアの高所得国入りと、インドネシア・フィリピンの高位中所得国入りが射程圏内、カンボジアの脱低所得国といったところが、先ずはAEC創設時点でどうなっているかに注目しておきたい。
2.中所得国の罠
総論的には、表-1における中低所得国の一人当たりGNIの増加が域内の所得格差の縮小に繋がることになるが、特に中所得国が高所得国へ成長してゆく過程に高いハードルがあるとされ、このハードルを中所得国の罠と称している。
世界銀行によれば、経済のグローバル化により、例えば資源開発や低賃金労働力を求める外国企業の資本投下により当該低所得国が急成長し中所得国入りしたとしても、そこで成長が鈍化し高所得国入りまでに長期間を要したり、あるいは中所得国のまま低迷する状態を中所得国の罠に陥っていると説明している。
あるいは、一人当たりGDPが1万ドルを超したところで伸び悩み、2万ドルを超えられない状態を言うとの説もあり、高所得国に到達するまでの期間の長さも含め定義は定まっていないが、要は長期的に持続可能な成長を維持する為には様々な要素が関わってくるということである。
3.ASIA NIES
1980年代以降においてASIA NIES(アジア新興工業経済地域)として急成長を遂げたアジアの4ケ国・地域、シンガポール・香港・韓国・台湾が注目を浴びたことをご記憶の方も多いと思う。
何れも表-2の如く比較的短期間で中所得国の罠をクリアした成功例とされている。
ASIA NIES のGNI/1人 【表-2】
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人 口
(百万人)
|
GNI/1人
(米ドル)
|
高所得国入り時期
|
中所得国からの
所要年数
|
シンガポール
|
5.4
|
54,580
|
1988年前後
|
10年弱
|
香港
|
7.2
|
38,520
|
1988年前後
|
10年前後
|
韓国
|
50.4
|
25,870
|
1994年前後
|
10年弱
|
台湾
|
23.3
|
20,911
|
1993年前後
|
10年強
|
※中国
|
1,360
|
6,740
|
―
|
―
|
※日本
|
127
|
46,330
|
1970年代央
|
数年
|
※出典:GNI/1人・世界銀行、台湾のみGDP/1人・IMF、いずれも2013年値。
(GDPとGDIは厳密には異なる指標だが、本特集ではほぼ同義として扱いたい。)
※高所得国入り時期および所要年数:世界銀行・IMF資料からの筆者の推測。
これら4ケ国・地域の共通項は非資源国であり、韓国を除けば人口小国だが、その弱みを強みに転化して高所得国へ駆け上がった過程においては、それぞれ独自の国家戦略があったはずである。それらを仔細に分析することは本特集の狙いではないので、それぞれの戦略遂行の成果として考えられ得る象徴的なキーワードの一端を挙げてみたい。
1)
貿易立国:輸出入総額の対GDP比率(2013年)。
香港 455%、シンガポール360%、台湾 114%、韓国 103%、
※日本 35%
加工貿易であれ中継貿易であれ、夫々が早くから海外市場を視野に入れていたと思われる。
2)
国際物流のハブ港:コンテナ取扱量の世界ランキング(2013年Lloyd’s List)。
2位 シンガポール、4位 香港、5位 釜山、14位 高雄(台湾)
※東京港 28位、横浜港 48位。
3) 国際金融センター:ダウ・ジョーンズ他による、金融市場・成長発展性・物的サポート・サービス・環境の5分野の調査を指数化した世界ランキング(2012年)。
3位 香港、5位 シンガポール。
※東京 4位。
4) 教育立国:世界大学ランキングTOP200(2014-15年 英国教育誌T.H.E.)
25位 シンガポール国立大学、43位 香港大学、50位 ソウル大学、
155位 台湾国立大学。
※東大23位、京大 59位など。
4ケ国・地域の何れもが世界レベルで屈指の分野を持っていることが極めて示唆的である。
以上のような特異性・差別性をベースに、夫々が高所得国入りして既に20年余りが経過したが、この間にも産業構造は先進国型、つまりGDPの60~70%以上を第3次産業が占め、第1次産業は精々1~2%といった構造へと進化している。
因みに、2013年の夫々のGDPに対する第3次産業の比率は次の通りである。
香港 93%、シンガポール 75%、台湾 66%、韓国59%。 ※日本 73%。
1人当たり所得が3,000ドルを超えると家電販売が爆発し、5,000ドル超ともなれば自動車販売に火がつくとは良く言われるところであり、ASEANも全体としてみれば既にそのようなレベルに達しており、AEC創設を機に高所得国へ向かって成長が加速していくことが期待される。(以下、次号)
(文責:今井周一 平成27年8月31日)
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http://www.asean.or.jp/ja/invest-info/eventinfo-2015-34/
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