ユーザ中心設計のすすめ(第57回)―エスノグラフィー
2010/07/22 木曜日 07:15:21 JST

●エスノグラフィーとは?
今回のテーマはエスノグラフィー(ethnography)です。
あまり聞きなれない言葉かと思いますが日本語に訳しますと「民俗誌」となります。
この「民俗誌」の意味ですが、大辞泉では
「特定の民族集団の文化・社会・環境など生きている世界についての具体的な記述」
さらに大辞林では
「特定の民族の社会と文化をフィールドワークをふまえて記述したもの。エスノグラフィー」とありました。
これではちょっと判りにくいですね。

●ユーザ中心設計におけるエスノグラフィー
デザインやマーケティング業界におけるエスノグラフィーとは、ユーザの普段のありのままの生活や行動を観察し記録するという定性的な調査手法のことを言います。近年、このエスノグラフィー調査は、ユーザも気づいていないニーズやウォンツを発見するための調査手法として注目を浴び、ビジネスに応用されつつあります。
エスノグラフィー調査における観察記録はノート、スケッチ、写真、ビデオ撮影等によって行なわれます。またユーザー自身が記録した日記や写真、ビデオを用いることもあります。

●何故、今エスノグラフィーか?

WEBアンケートの普及により、定量的な調査が安く早く実施することが可能になりました。ただし、このような定量調査は、ユーザを属性で分けたり類型化することは可能ですが、ユーザ自身も気付いていない潜在ニーズは判りません。
製品やサービスが成熟化されユーザが多様化している現代では、品質のよい商品を作るだけでは売れません。企業が生き残るためには、いかに満足度の高い「ユーザエクスペリエンス」を提供できるかにかかっています。そういった競争の中で、ユーザの潜在的なニーズやウォンツを探し出すための手法としてエスノグラフィー調査が注目されているのです。

●エスノグラフィー調査の特長

以前にコラムでユーザビリティテストについて記述しました。このユーザビリティテストでは問題点の発見には効果的ですが、ここからは新しいサービスや商品の創出には繋がりません。
当然ですが、ユーザへのアンケートやインタビューではユーザが意識していることは抽出できますが、ユーザが無意識に行なっている行動や振る舞いについて発言されることはありません。そもそも、事前に用意されるアンケートやインタビューの質問項目についてしか情報は得られません。

これらに対して、エスノグラフィーはユーザの生活現場そのものを観察しますので、ユーザの無意識の行動や生活現場から、想定もされなかった「まさかそんな使い方があったとは!」「なるほど!」「えっ!そういうこと?」といった新しい発見が見つかります。それらの情報は、新しい商品企画やサービスに繋がる可能性があるのです。

またアンケートやインタビューでは思い出せない利用状況があからさまになることも非常に価値があります。
みなさんは、自分の車のシートに乗り込むときにどこに手をついて乗っていますか?
ハンドルそれともドアノブ?私は無意識に行なっていたので思い出せませんでした。
また、自宅でテレビを見ているときにリモコンのどのボタンをどのくらいの頻度で操作していますか?これも私は正しく答える自信がありません。
これらを情報として正しく得るには、ビデオ撮影が有効です。
弊社でもドライバーの自動車内の利用状況を正しく調査する方法として、ビデオ撮影を実施しています。被験者にお願いして、後部座席にビデオカメラを1ヶ月設置させていただき、運転中の状況をすべてビデオで記録します。

●事例はというと
エスノグラフィーは、日本よりも先に欧米で盛んに行なわれて来た調査手法です。マイクロソフトでは300人、インテルでは40人のエスノグラフィー担当者がいるとも言われています。日本でも先進的な企業で取り組みが始まっており、ユーザ中心設計における「利用状況の把握」というプロセスの有効な手法として認識されています。

下記に、企業の実例をリンクで紹介いたします。
・アキレス
ロングセラーの運動靴を生んだ自己流エスノグラフィー
子ども用運動靴「瞬足」シリーズ
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/JIREI/20100330/346400/

・花王
消費者調査にエスノグラフィー手法を導入
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/JIREI/20090209/324475/

●まとめ
テレビドラマ『踊る大捜査線』の「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」という有名な台詞がありますが、エスノグラフィーはまさにこれに当てはまります。みなさんの会社の製品やサービスの利用現場は見えていますでしょうか。
新たな発見があるかもしれません。エスノグラフィー調査はおすすめです。

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過去記事一覧(第1回~第56回)
筆者プロフィール
鞆 幾也 (TOMO, Ikuya)
tomo.jpg1988年 金沢美術工芸大学工業デザイン科卒業。
1990年 株式会社ノーバス設立に参画。
2003年 株式会社ジー・テック・ノーバス設立。代表取締役に就任。
(2005年10月株式会社U'eyes Designに移管)
2005年10月から2007年9月まで株式会社U'eyes Designの上級執行役員に就任。
現在はU'eyes DesignのUCD上級コンサルタントとシニアアドバイザーを兼務。
医療機器のプロダクトデザインを行いつつ1996年頃よりユーザインタフェースデザインの業務をスタート。
特に1998年頃から携帯電話の操作仕様設計から画面のグラフィックデザインまで数多くの端末の開発支援をおこなう。
UCD開発支援の実績としては鉄道自動券売機(オムロン製)がある。

株式会社 U'eyes Design:http://ueyesdesign.co.jp
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