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技術者の社会に対する責任と貢献⑦ プリント

グローバル化の時代 (1)後発優位

前回に日本の経済低迷の一因として「グローバル化という時代の流れ」に乗り遅れたことを挙げた。このことをもう少し具体例に沿った形で述べてみる。

グローバル化が何時始まったかについては考察の対象によりまちまちであるが、ここでは1991年末のソビエト連邦の消滅を受け、翌1992年から始まったとする説に従って話を進める。この頃、半導体や液晶ディスプレイなどの電子デバイス事業では日本が断然強く、しっかりと日本の経済を支えていた。液晶事業については、1990年代前半にノートパソコンのディスプレイ向けに画質、応答速度などに優れたa-Si TFT-LCDamorphous silicon thin film transistor-LCD、アモルファスシリコン薄膜トランジスタ液晶表示)が採用された。これを国内のパソコンメーカーが全面的に採用し、爆発的な市場拡大が起こった。しかし日本の優位は長続きせず、1990年代末には早くも後発の韓国と台湾のディスプレイメーカーに追い越された。今日では、更に遅れて登場した中国の後発者も加わり、国内経済において日本のディスプレイメーカーの存在感は薄い。後発国に比べて高い労働コストなどの不利な条件はあったにせよ、先発者としての技術的な優位、国内の部材、装置メーカーの成長等万全の業態を作り上げていた日本が何故あっさりと負けてしまったのか?まさに第二の敗戦を象徴するプレイヤー交代だった。

この数年、衝撃的な出来事としては、シャープの鴻海(ホンハイ)精密工業(台湾)による買収、東芝の経営破綻などが挙げられる。その他、日本国内に唯一存在する大手液晶ディスプレイメーカー、ジャパンディスプレイ(JDI)の経営苦境も繰り返し報道されている。JDIは五年前、日立、東芝、ソニーの液晶事業統合によって設立された会社である。

シャープと東芝はそれぞれ液晶ディスプレイ、NAND型フラッシュメモリーにおいて世界で初めて成功した先発者である。これに対して、サムスン電子(韓国)や台湾のメーカーは遅れて出て来た後発者である。最近大型投資を盛んに行い注目されている京東方科技集団(BOE)などの中国の企業も後発者である。電子デバイス事業では後発者が先発者を圧倒する現象が少なからず発生している。この現象を後発優位と呼ぶ。

兵庫県立大学の長野寛之氏が液晶ディスプレイで起こった後発優位について研究された論文がある(電子デバイス事業における後発優位のメカニズム、-液晶事業を事例として-、長野寛之他、http://www.mne-jp.org/pdf/6/6-4.pdf 以下「長野論文」)。長野論文が提示する枠組みを参照しながら、先発者であるシャープその他日本のディスプレイメーカーが短期間で後発者に追いつかれ、追い抜かれた状況を確認して見よう。

技術革新によって革新的な新製品が登場してから、市場に受け入れられて成長しやがて限界に達し、飽和するまでの過程(プロダクトライフサイクル product life cycle)を流動期、移行期、固定期の三段階を経由するものと考える。

流動期においては、新製品は高価格なので購入者はごく限定されており、市場も限定された小さいものである。また性能の向上が進行中であり、複数の企業が争う場合でも価格競争よりも性能競争の色合いが強く、後発者が参入する余地はない。

移行期になると、新製品の性能は向上してあるレベルに達し、かなりの量産が可能なレベルにまで進化する。後発者の参入も、低い労働コストなど好条件に恵まれれば可能となる。しかしまだまだ先発者の優位は続いており、後発者が逆転するまでは行っていない。

固定期になると、新製品の性能は限界まで高められ、製造プロセスも完成する。材料、設備メーカーが成長してくるので後発者にとっても技術の入手は容易になる。生産設備では、後発であるために先発者に比べてより新しいものを導入することができる。製品と製造プロセスが固定化されているので、先発者はそれ以上の技術革新によって後発者に対抗することが難しく、自ら後発の地域に進出するなどして少しでも労働コスト、インフラコストを安くして戦わねばならない。後発優位の現象はこの段階で明らかになる。

此処まで述べたことの要約が次の表である(長野論文の枠組みに沿って筆者が作成)。

 

表 新製品が市場に出てから辿る諸過程(product life cycle

 

製品の性能

価格

事業者

流動期

向上が続く

高い

先発者の独占

移行期

あるレベルに到達

更なる改善が続く

歩止まりの向上により、かなり安くなる

先発者からの技術導入などにより後発者も参入して来る

固定期

限界近くの高性能に到達

製造プロセスが完成の域に到達し、更に安くなる

性能、製造プロセスの標準化により規模の競争に突入、後発者優位

 

液晶ディスプレイの歴史において、流動期は1970年代半ばに上市されたスタティック駆動(時計、電卓)から始まった。続いて1980年代に開発されたドットマトリックス駆動(ワープロ、パソコン)が発展して1986年にSTN-LCDsuper twisted nematic-LCD、スーパーツイスト液晶表示)、及びほぼ時を同じくしてa-Si TFT-LCDamorphous silicon thin film transistor-LCD、アモルファスシリコン薄膜トランジスタ液晶表示)が市場に出た。

移行期は1990年代の凡そ10年間である。この期間にカラーa-Si TFT-LCDがパソコンの表示に定着し、ノートパソコン市場が急速に拡大する推進力となった。

移行期では、大量の需要に応えるため製造コストを下げることに多くの側面から努力が払われる。それらの中の重要かつ分かり易い例を示す目的で、マザーガラスの大型化を取り上げ、以下に説明する。

液晶ディスプレイの心臓部である液晶パネルはカラーフィルタ基板とアレイ基板と呼ばれる二枚のガラス基板で薄い液晶層(層厚:数ミクロン)を挟んだ構造をとっている。カラーフィルタ基板とアレイ基板に加工する前のガラス基板をマザーガラスという。

マザーガラスを大きくすることは、大画面化の要求に応えるものであると同時に、一枚の基板からより多数のパネルが採れることを意味し、大きくすればするほど生産効率が向上し、製造コストは下がる。しかし薄いガラス基板の上に微細な薄膜トランジスタ回路を大面積で正確に作ることは容易ではなく、大型化は困難を極めたが、日本の各社は競って大型化に挑戦した。

マザーガラスの大きさを第n世代(Gn)と表現する。第1世代(G1)は320 mm×400 mm、第2世代(G2)は370 mm×470 mm、第3世代(G3)は550 mm×650 mmという様に世代を追うごとに大型化する。因みに最近の第10世代(G10)では2,880 mm×3,100 mmにまで広がっている。G3まではシャープなどの日本勢が先行していた(シャープで1995年)。しかし韓国勢は一二年の遅れでG3を作れるまでになった。台湾は日本より四年遅れたが1999年にはG3に到達した。ここから2000年以後の固定期に入る。

G3到達により、製造プロセスが標準化された。G2の時代には、製造プロセスはなお開発進行中で先発者の主導の下に設備メーカーと材料メーカーが働いていたが、G3となるとこの標準化により、後発者が設備メーカーに設備製作を求め、材料メーカーに材料を納入させることが可能になった。労働コスト、インフラコストが安く、大規模な市場があるといった有利な条件があれば後発者が優位に立てる段階になったのである。後は先発者に先んじて、より巨額の投資を行い、G4G5G6などのマザーガラスを作製して、コスト競争力を高めて行けば、勝敗は明らかであった。先発者である日本の各ディスプレイメーカーはG3までの戦で体力を磨り減らしており、巨額の投資は出来なかった。

ディスプレイ製造工場の生産能力を端的に示す指標としてG1G2G3 という表現は多用されている。

次の概念図によって、マザーガラスの大型化によって生ずるメリットを説明する。

dscf2272s.jpg










多羅尾良吉 「電子材料(ディスプレイ材料)」
講演資料、2015.11.28 SCENet》社会人向け公開講座、VT523c「化学工業特論」より。下記文献のデータを用いて筆者が作図。Yutaka Ishii, Journal of Display Technology, 351, vol. 3, No.4, December 2007.

図の左下に示す45インチ液晶テレビ用基板(560×1,000 mm)が第6世代(G6)マザーガラスからは3枚しか切り取れないが、第8世代(G8)マザーガラスからは8枚切り取れる。切り取り工程の生産効率は2.7倍に、マザーガラス利用率は62%から84%に向上する。

流動期、移行期、固定期の三段階からなるプロダクトライフサイクル(product life cycle)の観点から、グローバル化した世界で後発優位という現象が発生することを、液晶ディスプレイの事例から見て来た。

日本が先導し、花を咲かせ大きな実を結んだ技術の成果が、日本の経済成長に寄与したのは極短期間であったことは誠に残念である。その失敗の原因を特定の企業経営者の判断ミスに押し付ける論調が多いけれども、むしろ関係者の大部分に「グローバル化という時代の流れ」の認識に甘さがあったことがこの結果を招いたと見るべきであろう。

                                          201710  多羅尾 良吉
 
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